キミは海の底に沈む【完】
ドラッグストアに連れていかれ、近くの外のベンチに座った。彼は私にお茶を買ってくれたらしい。


「暑かっただろ?」


昼間の方が、凄く暑かった。
何も喋らない私に、〝潮くん〟は「頼むから飲んでくれ…」と心配気味に言うから。


「飲んでもいいのですか…?」


返事をしないわけにはいなかった。



「当たり前。飲んだら足、薬塗ろうな」


3口ほどペットボトルのお茶を飲むと、〝潮くん〟が買った何かのクリームを足の裏に塗られた。

痛いけど、マヒしているのかそれほど鋭い痛みはなくて。
そのままガーゼが外れないように、買ったらしい靴下を履かせてきた。


「…痛くないか?」


そう聞かれても、直ぐに涙腺が緩む私は泣くだけしかできない。


「背中乗るか?」


首を横にふった。


「痛いだろ? 家まできついと思うから」


いやだ、
いやだ、
帰りたくない…。
あの家は、私の家じゃない。
知らない家だもん。


「っ、…わ、わたしの、」

「うん」

「あんな家、しらな、…」

「戻るのイヤか?」


泣きながら、顔を縦に動かせば、ポロポロと涙が落ちた。


「分かった、家に帰るのはやめよう。その代わりどこか入って足は休めような」

「っ…」

「もう大丈夫」


〝潮くん〟の手のひらが、私の頬を包んだ。その手の優しさに、涙が溢れて止まらない。


「ごめんなさい……」

「ん?」

「ごめんなさい…」

「謝る事あったか?」

「だって……」

「うん」

「こわい…」

「なにが怖い?」

「……」

「俺が怖い?」


分からない。
全てが分からない。
私は死んでしまうの?


「わ、わたしは、あなたの、恋人じゃ、ありません…っ…」

「……うん」

「あの、ひと、親じゃ…な…」

「…ん」

「ごめんなさい…」

「分かった、言いたいことは。ずっと今日1日、そのこと考えてたんだな」


今日1日…。


「わたしは、どうすればいいんですかっ…」


泣きながら彼を見つめれば、彼はまるで安心させるかのように微笑むと、慣れた手つきで頭を撫でてきた。


「俺はとりあえず、飯を食って、体を休めてくれたら嬉しい」


私を怖がらせないように優しく言ってくる。


「お風呂も入った方がいいから、どこかホテルに行って、そこでご飯を食べよう」


お風呂…?
ご飯…?
ホテル?


「あなたと…?」

「うん、まだ何も食ってないだろ?部屋に2人きりが嫌なら、部屋に入らないで廊下で待ってる。でももしいいなら、俺も部屋に入りたい。動かないようにヒモで縛ってくれていいし、俺が何かしようとしたら警察を呼んでくれていい」

「……」

「全く知らない男とホテルに行くのが怖いのは分かってる」

「……」

「でも、できる限りそばにいたい」

「……」

「絶対に1人にはさせたくない」

「……」

「…──…不安だったよな、」

「……」

「もう大丈夫だから…、」


この人と、初めて会うのに。
頭を撫でられ、ゆっくりと引き寄せられる。
それには全く力が入っていなかった。
私が一瞬力をいれただけでも、離れることが出来る力加減。
されるがままの私は、彼を見つめてた。


ベンチに座ったままの私は、頭を抱えるように彼に抱きしめられた。


その事に嫌だとは、思わなかった。


〝体〟は受け入れている──…。


それでも腕を回すことができなかった。
恋人である〝潮くん〟が好きなのは、昨日までの〝澤田凪〟なのだから。
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