キミは海の底に沈む【完】
ホテルが洗濯してくれたらしい。
バスローブから半袖と短パンに着替えた。
この服装は昨日私が着ていた服らしくて、とてもラフな服装だなぁと思った。
外の世界は、分からないものが多かった。
見覚えのない道やお店。
まるでタイムスリップしたような感覚だった。
それでも、タイムスリップする前のことは覚えてないのだけど。
歩いている最中もずっと私の足の裏を気になるようだった。何度も「大丈夫です」と言う。それでも潮くんは「凪は我慢する性格だから」と、私の足の心配をしていた。
潮くんに手を繋がれ、どこかのお店に入った。
そのお店はカウンターのようなところで注文してから店の中にある机で食べるようだった。
カウンターの前では人が並んでいた。
カウンターのそばの時計は、7時20分を指していた。
「今から朝食ですか?」
「うん」
「あの、私、お金を持っていません…」
「ああ、大丈夫。俺が出すから」
「でも、ホテルのお金も出してもらったのに…」
「凪は彼女なんだから、そんなことを気にする必要ないよ」
手を繋いでいない方の手で、優しく頭を撫でられる。背の高いらしい潮くんの目が柔らかく。
「ありがとうございます…」
お礼を言えば、潮くんはまた笑った。
本当に、今日初めて会うのに、私はこの人が好きだなぁって思ってしまう。
潮くんが買ってくれたのは、ハンバーガーとアイスカフェラテだった。あとはポテトも付いていた。
窓際に座り、潮くんを見た。
一見、切れ長で二重の目は怖そうに見えるけど、彼は優しい。こんなにも優しい潮くんが彼氏だなんて私はとても幸せだと思った。
だって私は、記憶の病気なのに。
この人は嫌にはならないのだろうか?
自分の彼女が記憶を失ってしまうなんて。
記憶…。
ハンバーガーを見て、違和感をもった私は、疑問を聞いてみた。
「あの、潮くん…」
「ん?」
「これはハンバーガーですよね?」
「うん」
「でも私、ここのお店が分からなくて」
「うん」
「記憶がないのに、どうして覚えていることと、覚えてないことがあるのかなって」
潮くんは、コーヒーを1口飲んだ。
「それは難しいところなんだよ」
「難しい?」
「凪は日常生活に支障はないんだよ。だからハンバーガーが食べ物だっていうことは知ってるし、お金で買うものだっていうのも分かる。これは日常動作っていうか基本動作って言うんだけど…」
「……」
「信号も青なら渡る、赤なら渡らないっていうのも分かる。だけど凪はその信号がどこにあるか分からないんだよ」
「…よくわからないです…」
「迷子とかにはなるけど、迷子になればどうすればいいかは知ってる。警察や人に聞くとか。けど、家の住所とか覚えてない。だからどうすればいいか分からなくなる」
「……」
「どの辺りが分からなかった?」
「分からないというか…」
「うん」
「なんで、覚えてるのと覚えてないのがあるんだろうって」
「さっき、凪が事故にあったって言っただろ?」
「はい…」
「そこからちょっと話そうか」
そう言って、潮くんは優しく笑った。