キミは海の底に沈む【完】
そのまま後頭部にまわされ、軽い力で引き寄せられる。私が簡単に拒絶することができそうなその力強さ。

ゆっくりゆっくり近づいていき、最後には私から潮くんに近づいていた。
潮くんの腕が背中にまわり、まるで子供をあやす様に抱きしめてくる。


初めて会ったのに。


「…好きだよ…」


私も……。そう思うのは、おかしいのかな。だって私はもう、この人を忘れてしまうのに。…悲しい…。


じわりと涙が出てきた。
どうにかして、この感情を、残しておきたい。


「…わたしもすきです」


そう言って、潮くんの体に腕を回した。
潮くんの顔は見えないけど、ぴく、と、体が動き。
さっきよりも強く抱きしめられた。
抱きしめられて嬉しいと思う。
嬉しいのに、悲しい気持ちが交差する。
これ以上好きになれば、別れるとき、悲しむ心が増えてしまう。


「潮くんのこと、忘れたくないです…」

「うん…」

「おかしいですか、…今日…初めて会ったのに…好きと思うなんて…」

「おかしくない…すげぇ嬉しい」


そう言った潮くんは、噛み締めるように呟いた。本当に幸せだと思っている声だった。


「……潮くん、」

「…俺のこと好き?」

「はい…」

「もう1回言ってほしい」

「好きです…」

「もう1回」

「潮くんが大好きです」




また強く、抱きしめられる。
それが嬉しくて、悲しいのに、何度も私は潮くんくんに「好き」と言った。


潮くんは、ゆっくり体を離すと、優しい目で私を見つめ、背中にあった手で頬を包んだ。そのまま顔を傾け、少しずつ目を閉じながら近づいてくる。



私と潮くんは、彼氏と彼女。

何をされるか分かった私も、自然と目を閉じていた。



唇がふれあい、また見つめあい、また愛おしそうに私を抱きしめる彼に幸せを感じた。

そのまましばらくの間、潮くんは私を離すことは無かった。


「私…、何回潮くんとキスしたことあるんですか?」

「…今で2回目」


2回?
そのことに驚き、私は少し顔を上にあげた。


「…2回?」

「うん、初めては付き合った時にした」

「一年以上、あいてたってことですか?」

「そうなるかな」


照れたように笑った潮くん。


「その日も、凪が俺に好きって言ってくれた」


好き…。


「1年3ヶ月ぶりに聞いた」


本当に?
私、そんなに…。
こんなにも好きって思っているのに…。


「もっと、過去の私は言ってると思ってました…」

「うん」

「自分が信じられないです…」

「たぶん、思ってはくれてると思う、口には出さないだけで…」


思っては?
口に……。


「じゃあ、今日はいっぱい言います。今までの分、いっぱい」

「え?」

「私はずっと、これからも潮くんが大好きです」

「……」

「ずっとずっと大好きです」
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