キミは海の底に沈む【完】
────病院から出て、病院の前のロータリーのベンチに腰かけていた。
空を見上げれば、青い色が広がっていた。
きっと近くにいるのだろう、ミーンミーンと蝉のうるさい音もする。
夏の時期らしい、少しというか結構暑く。
少しでも動けば汗が流れそうだった。
「何見てる?」
一緒に横に座り、そう聞いてきたのは、桜木さんという男性だった。今から2時間ほど前に、この人が病室の中にやってきた。
『俺は桜木潮。初めまして』と、静かに笑いながらその言葉と共に。
その男性、桜木さんが言うには、私は記憶喪失というものらしかった。
なんだか難しい言葉で説明していたし。寝ると記憶が無くなるっていうよく分からないことを言っていたからほとんど聞いていなかった。
よく分からないまま、病院から出ることになったらしい。私の母親だと名乗る人も現れたけど、見たことの無い女性に、「…どうも、」という言葉しか見つからなくて。
だけど、母親は母親らしい。
その女性は「車で家に帰りましよう」って言ってきたけど。
正直、外の世界が気になる私は、車に乗るのが嫌だった。外の世界を歩いてみたい。
そう思ったから。
「歩いて帰るので地図をいただけますか?」
と言ってみた。
女性は顔を顰めていたけど。
「俺が必ず、送り届けます」
と、桜木さんが言ってくれたおかげで、私は外の世界で歩くことが出来た。先に家へ帰って待っていると言っていた女性。
桜木さんが病室の中から今までずっと手を繋いでくる。
もしかすると、何も分からないわたしの地図や杖係になってくれているのかもしれない。
「ひこうき雲があるなぁって、見ていました」
空を見上げながら言うと、「ああ、ほんとだな」と桜木さんも空を見上げた。
黒い髪と、切れ長の二重の目が特徴的な桜木さん。
「あれがずっと残ってるなら、雨だな」
「え?」
「ひこうき雲。すぐ消えれば晴れが続いて、残ってるならもうすぐ雨ってことが多いんだよ」
「そうなのですか?」
「うん、でもこれだけ晴れてるから、家につくまでは晴れてると思う。降ってきても、絶対に凪の事は濡らさないから安心して」
私の方に顔を向け微笑まれる。
私の名前は凪というらしい。
そういえば、さっき母親の名乗る女性に「あなたの名前は澤田凪よ」って言われたっけ…。
「あの…」
「うん」
「あなたは誰ですか?さっきの人が母親なら、あなたはお兄さんとかですか?」
桜木さんは、小さく笑う。
「俺は凪の彼氏だよ」
彼氏?付き合っているということだろうか。
実感がない。
本当に?この人嘘をついてるとか?
でも、嘘をついてる表情はしてない。
ああ、だから、付き合っているから手を繋いでいるのか。
「そうなんですか、覚えてないです。すみません…」
「大丈夫、謝ることはない」
「もうひとつ、いいですか」
「うん」
「どうしてここに座っているか、教えてほしいです」
「バスを待ってる、歩いて帰ると言っても結構距離あるから。ある程度バスに乗ってから、30分くらい歩いて電車に乗って帰ろうと思ってる」
詳しく教えてくれた桜木さんに、そうなんですか、と呟いた。
もうすぐバスが来るらしい。
それに乗るらしい。
バスが来るまでの約5分間、ひこうき雲が消えることは無かった。
空を見上げれば、青い色が広がっていた。
きっと近くにいるのだろう、ミーンミーンと蝉のうるさい音もする。
夏の時期らしい、少しというか結構暑く。
少しでも動けば汗が流れそうだった。
「何見てる?」
一緒に横に座り、そう聞いてきたのは、桜木さんという男性だった。今から2時間ほど前に、この人が病室の中にやってきた。
『俺は桜木潮。初めまして』と、静かに笑いながらその言葉と共に。
その男性、桜木さんが言うには、私は記憶喪失というものらしかった。
なんだか難しい言葉で説明していたし。寝ると記憶が無くなるっていうよく分からないことを言っていたからほとんど聞いていなかった。
よく分からないまま、病院から出ることになったらしい。私の母親だと名乗る人も現れたけど、見たことの無い女性に、「…どうも、」という言葉しか見つからなくて。
だけど、母親は母親らしい。
その女性は「車で家に帰りましよう」って言ってきたけど。
正直、外の世界が気になる私は、車に乗るのが嫌だった。外の世界を歩いてみたい。
そう思ったから。
「歩いて帰るので地図をいただけますか?」
と言ってみた。
女性は顔を顰めていたけど。
「俺が必ず、送り届けます」
と、桜木さんが言ってくれたおかげで、私は外の世界で歩くことが出来た。先に家へ帰って待っていると言っていた女性。
桜木さんが病室の中から今までずっと手を繋いでくる。
もしかすると、何も分からないわたしの地図や杖係になってくれているのかもしれない。
「ひこうき雲があるなぁって、見ていました」
空を見上げながら言うと、「ああ、ほんとだな」と桜木さんも空を見上げた。
黒い髪と、切れ長の二重の目が特徴的な桜木さん。
「あれがずっと残ってるなら、雨だな」
「え?」
「ひこうき雲。すぐ消えれば晴れが続いて、残ってるならもうすぐ雨ってことが多いんだよ」
「そうなのですか?」
「うん、でもこれだけ晴れてるから、家につくまでは晴れてると思う。降ってきても、絶対に凪の事は濡らさないから安心して」
私の方に顔を向け微笑まれる。
私の名前は凪というらしい。
そういえば、さっき母親の名乗る女性に「あなたの名前は澤田凪よ」って言われたっけ…。
「あの…」
「うん」
「あなたは誰ですか?さっきの人が母親なら、あなたはお兄さんとかですか?」
桜木さんは、小さく笑う。
「俺は凪の彼氏だよ」
彼氏?付き合っているということだろうか。
実感がない。
本当に?この人嘘をついてるとか?
でも、嘘をついてる表情はしてない。
ああ、だから、付き合っているから手を繋いでいるのか。
「そうなんですか、覚えてないです。すみません…」
「大丈夫、謝ることはない」
「もうひとつ、いいですか」
「うん」
「どうしてここに座っているか、教えてほしいです」
「バスを待ってる、歩いて帰ると言っても結構距離あるから。ある程度バスに乗ってから、30分くらい歩いて電車に乗って帰ろうと思ってる」
詳しく教えてくれた桜木さんに、そうなんですか、と呟いた。
もうすぐバスが来るらしい。
それに乗るらしい。
バスが来るまでの約5分間、ひこうき雲が消えることは無かった。