キミは海の底に沈む【完】
大丈夫、と思ってはいたけど、私はあまり体力というものがないらしかった。
それとも夏の暑さやられたのか。
昨日、頭をうったといっていたし、そのせいなのか。


もしかすると桜木さんはその事を分かっていて、昼食という休憩をとったのかもしれない。


ハンバーグ専門店に来て、私がトッピングをチーズにするか大根おろしにするか迷っていると、面白そうに「凪はいつもそのどっちかで選ぶなぁ」とくすくすと笑っていた。


「いつも?」

「色んな店は行くけど、ここではその2つを選んでる」

「好みは覚えているという事ですか?」

「そうなるのかもな」


桜木さんは、店員を呼び出すボタンを押すと、私がどちらにするか言った訳でもないのに、オーダーを取りに来た店員に注文していた。


私が選んでいた、チーズのトッピングと、大根おろしのトッピングのふたつを。


「それで、いつも半分こしてる」


思い出すかのように笑う桜木さん。


「でも、それって、桜木さんの好きなものを食べられないって事じゃ…」

「俺はいい。凪の喜ぶ顔が見れるなら」

「…」

「それに、凪と食べるご飯は、なんでも美味しい」


この人は本当に優しいんだな。
私のことを、凄く好きなんだな…。
彼女である私のことを1番に考えてくれる人。



「桜木さんは、」

「うん?」

「私のどこを好きなんですか?」

「え?」

「だって…、さっき、鏡で顔を見ましたけど美人でもなくて…。それなのに記憶喪失になる私を好きだなんて…。桜木さん言ってましたね、毎日記憶が無くなるって。それって…、そこまで深い関わりはなかったのじゃないかって…。愛し合っていたあとの、いきなりの記憶喪失じゃなくて、初対面同士で、好きになるものですか?」

「凪はかわいい。俺のタイプだよ。凪以外の女をかわいいとか美人とか思ったことない」


急に、かわいいと言われた私は、思わず照れて戸惑い、顔が赤くなるのが分かった。


「小学生のころ、転校生だった凪に一目惚れした。家が近いこともって、先生にいろいろ手伝ってあげてくれって言われた時も、正直ラッキーだと思った」


一目惚れ…。
小学生のころ、私に?


「でも、さっき…嫌いだったって」

「うん」

「…」

「その頃、記憶が無くなるってことを理解出来てなかった。理解出来てなかった時に、俺が…帰り道に好きだって言ったんだ」


桜木さんは、優しく笑う。


「でも、次の日には凪は忘れてるから。…俺の告白を忘れてる凪が、許せなくて。結構頑張った告白だったから…」

「…、」

「そっから、凪を虐めるようになった」


虐め…?


「でも、好きで…。許せなくて…、好きで…。忘れる凪にムカついてた。そんなことがずっと頭の中にあった」

「…桜木さん…」

「申し訳ない気持ちが多くなって、虐めるのをやめて、凪と向き合って大事にしようと思った」

「……」

「それで、6年たって、今って感じで」

「……」

「凪のどこを好きって言われたら、優しいし、かわいいし、…なんていうか、」

「……」

「凪の全部が好き、それぐらい凪に惚れてる」

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