キミは海の底に沈む【完】
全部──…。



「すみません、私…大事なことを忘れるのですね…。桜木さんを傷つけてごめんなさい…。大事な事を忘れて虐められるのは当然だと思います」

「いや、俺が子供だったんだ」

「悲しくは、ならないのですか…」

「それは、凪が忘れるからっていう意味?」

「はい」

「俺が一緒にいたいんだよ。虐めた償いとして一緒にいる訳でもない。凪が好きだから」

「…」

「俺は凪を虐めてた。だから俺の方こそ、一緒にいていいのかって思う時がある。本当に酷い事をしたから」

「…それでも、今は私を想ってくれているんでしょう?」

「…うん」

「どんな虐めをしていたか、私は聞きません。今の、私の目の前にいるあなたを信じます」

「……うん」


だから、


「もし、明日の私が失礼なことを言ったら、すみません…」

「……」

「桜木さんは…」

「…うん?」

「記憶の病気が無くなればって思いますか?」


私は桜木さんを見つめたまま。桜木さんは笑いながら首を横にふった。


「俺は凪の全部が好き。だから記憶の病気でも病気じゃなくても関係ない」


優しく言ってくれる桜木さん。
でも、本当は、病気が治って欲しいんだろうな。だって、絶対に大変なはずだから。毎日が初対面だなんて…。


「私は、病気が無くなればいいと思います」

「凪」

「無くなってほしい」

「……本当はいうと、俺は凪に思い出して欲しくない」


え?
思い出して欲しくない?
どうして…。
この、桜木さんと関わった6年間のことを?


「桜木さんが私を虐めたからですか?その記憶を思い出して欲しくないからですか?」

「うん」

「……」

「凪に嫌われたくないから、思い出さないでほしい」

「…」

「それほど俺はずるい男だよ」


──この時、私は桜木さんが〝嘘〟をついていた事に気づくことが出来なかった。


第一に私のことを考えてくれる桜木さん。


私のために桜木さんがついた〝嘘〟に気づいたのは、もう少しあとの話──…
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