キミは海の底に沈む【完】
「途中で、離れてごめん……」
謝ってくる潮くんに、胸が苦しくなった。
あんな飛び降り方。
日記の切れ端を、見つけたからって。
下手をすれば体のどこかが骨折するかもしれないほどの、高さなのに。
私のために……。
どうしてか泣きそうになって、潮くんを見つめれば、右腕が赤くなっているのに気づき。
「っ、けが、」
「え?」
「うで、血が、」
じわじわと、湿潤するように流れていく。沢山流れているわけではないけど、範囲が広い。
血が出ているその腕に手を伸ばした。
「ああ、たぶんおりた時にスったんだと…」
「ご、ごめんなさ」
「え?」
「わ、わたしのせいで、怪我を……」
泣きそうになれば、潮くんは慌てて「凪のせいじゃないから」と腕を隠そうとした。
「見せてください……」
「大丈夫」
「見せてくださいっ…」
私は、紙をポケットの中に入れ、潮くんの手のひらを掴んだ。たった今川に入ったせいか、手が汚れていた。
だけどもそんなのは気にならず、怪我の部分を見た私は、「……痛かったですよね、」と、眉を下げた。
「なぎ……」
広い範囲の怪我。
もし、今以上に酷ければ……。
「私のために、危険なことはしないでください…」
そう言って泣きそうになれば、どうしてか潮くんの方が泣きそうになっていて。
もしかしたら、痛みで、泣きそうになっているのかもしれない。
そう思って、「帰りましょう」と、言おうとした時だった。
まるで、力が抜けたように、潮くんが膝をおりしゃがみ込んだのは。
手を持っていた私も、そのまましゃがみ込む形になり、顔を下に向け顔を見えなくした潮くんは、「なんで、」と、辛そうな声を出した。
足元が濡れてる潮くんの地面が、濡れる。
どうしてしゃがみ込んだのか分からない私は、「………うしおくん?」と名前を呼んだ。
名前を呼んだ時、繋がっていた潮くんの手のひらに、力が入ったような気がして。
「…俺の事、怖いだろう?」
「…え?」
「なんで、凪は、いつも優しいんだ……」
「あ、の」
潮くんの顔が見えない。
でも、声が、すごく悲しそうで。
泣いてるのではないか、と、思うほどで。
「好きだ……」
心のこもった深い言葉に、声が出なかった。
突然の告白に、私も無意識に手を握り返していたらしい。
「好きなんだ……」
「……、あ、の……」
「好きすぎて、気が狂いそうだ……」
「………」
「なんで──……」
なんで、
なにが……。
「……忘れないでくれよ……──」
そう言った潮くんは泣いていた。
私の目を見つめ、とても辛そうに。
言葉が出ない私は、戸惑い、ただ潮くんと目を合わせることしかできない。
「……忘れないでくれ」
噛み締める潮くんは、私の手を引き、顔を傾けた。その動作に、戸惑っている私は拒絶することができなかった。
口元を狙われているその引き寄せ方に、私はキスをされると思った。けど、その寸前で、彼の動きは止まった。
必死に理性が働いているかのような、その止め方。私が何もできないでいると、眉を顰めた潮くんは顔を逸らし、そのまま私の肩に額部分を預けてきた。
この人が怖いのに拒絶できなかった。
拒絶すると、この人が壊れてしまうような気がして。
「わるい、……」
「……」
「今の、聞かなかったことにしてほしい…」
〝忘れてくれ〟とは、言わない男。
「わたしは、ずっとあなたに大事にされていたんですか?」
私が言葉を出すと、彼は顔をあげた。
そのまま私と視線を重ねると、「…俺は、」と、ゆっくり離れていく。
「凪を、大事にできているか分からない」
「…」
「信用されてないってことは、それだけ未熟だってことだから」
私の手を強く握る。
「もっともっと、凪を支えていくから、凪はずっと俺の傍にいてくれ……」