キミは海の底に沈む【完】
令和2年7月27日
今何時だろう、と、目が覚めた。
寝返りをうとうとするけど、その人の体があったため上手く寝返りを打つことが出来なかった。
体、と言っても、潮くんが私の手をずっと握っているからなのだけれど。
潮くんは寝ているらしい。
静かな寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っていた。そんな潮くんを起こすことも出来なくて、そのまま身を任せた。
私が不安に思うことは、ただ一つ。
今日は何年の、何月何日だということ。
だけど多分、こうして潮くんが私と寝ているということは、少なからず私は潮くんのことを覚えているということ。
それに安心して、繋がれた手を握れば、潮くんのことを起こしてしまったらしい。かすかに握り返してきた。そのまま瞼が開き、「…おはよう」と、優しく笑いながら言ってくる潮くんに、私も「おはようございます」と笑っていた。
「ごめんなさい、起こすつもりは…」
「…ううん、凪に起こされて嬉しい」
愛おしそうに、寝起きの手で私の頬を撫でる。
「…あの、今日は…」
「今日は、7月27日」
えっと、昨日が確か26日だったから。そう考えていると、頬に置かれていた手が移動し、私を抱きしめた。
「…潮くん」
「うん」
「わたし、きのうのこと、全部覚えてる」
「うん──」
「7日間のこと、全部、覚えてます」
潮くんの腕の中で笑えば、潮くんも笑ったような気がして。
「潮くんが、大事にしてくれたこと、全部覚えてます」
──7日前、私は潮くんと色々な事を話した。潮くんが私に一目惚れをした事も、告白してくれたことも、それを私が忘れて虐めてしまったことも。
それでも、好きだから、傍にいようと決めたことも。
それを聞いて、二度と忘れたくないと思った私は、潮くんと1晩を過ごそうと思った。
ずっとずっと一緒にいれば、忘れないんじゃないかって思ったから。
こうして一緒に寝るのは、「ホテルで手を繋いで寝たことがある」と潮くんが教えてくれたから。
だからその時のことを思い出すために、潮くんが再現してくれていて。
だけど、過去のことは思い出せない。
それでもこの7日間のことを覚えている私は、とても気持ち的に楽だった。
私は今17歳で、高校生。
世間では夏休みという長時間のお休みらしい。
潮くんはまたウトウトとし始めたから、トイレに行きたい私は手を離した。
そうすれば潮くんはまた起きて、「どこに行く?」と、私と手を繋ごうとしたから。
「トイレに、すぐに戻るね」
「早く戻ってこいよ」
うん、と返事をしてから、私はリビングに向かった。まだ7日間だから、普通に喋るのにはまだ抵抗があって。敬語と、敬語じゃないのと混じってしまう。
ちょうどお母さんと鉢合わせして、「潮くんは?」と聞かれた。
「もう少し寝るみたいで」
「昨日、ずっと起きてたからかしらね」
「そうなんですか?」
「潮くん、凪の寝顔を見れるなんて幸せすぎるって、毎晩言ってるもの。かわいい寝不足ね」
お母さんの言葉に恥ずかしくて、顔が赤くなるのが分かった。
潮くんは毎晩、そんなことを思ってくれているらしい。
この7日間、私を大切にしてくれて。
私の中でも潮くんの第一印象が変わり始めている今、好感度が勢いよく上がっていく。
この人なら大丈夫と、信頼をしているようだった。
部屋に戻り、起きていたらしい潮くんは「おかえり」と、手を伸ばしてきた。
聞いたところによると、この手を繋ごうとするのは、潮くんの癖らしい。
そのまま手を繋ぐと引き寄せられ。
「潮くん、」
「…ん?」
「やっぱり、少し忘れてるみたい」
「え?」
「だって私、毎晩、潮くんに寝顔を見れて幸せなんて言われてないもの」
クスクスと笑えば、潮くんは寝起きだというのに、顔を真っ赤にした。
「もー……」
と、複雑な様子で。
「……言わなくても、幸せなの分かるだろ?」
そう言って、完璧に私を腕の中に引き寄せる。
「凪?」
「なんですか?」
「今日、どこ行きたい?」
「……」
「凪が行きたいところ行こう」
「わたし、」
「うん」
「潮くんの部屋に行ってみたい」
「俺の部屋?」
「うん、写真とかあれば見たいなあと思って」
「写真?」
潮くんは、顔を傾けた。
「はい、何か思い出せるような物はないかと思って」
「んー…、あんまり凪のこと写真に撮ったことないから。ああ、でも、卒アルはある」
「卒アル?」
「卒業アルバム。小学生と中学の時の。凪の部屋にもあると思うけど」
「私の部屋に?あるんですか?」
「でも、俺の部屋に行きたいなら一緒に行こう。俺も凪が部屋に来てくれたら嬉しい」
甘く言ってきた潮くんに恐怖は無かった。
この7日間、潮くんは「外に行きたい」というわがままにも付き合ってくれた。
時々、記憶が思い出せず不安になっていると「そのままでいい。大丈夫」と私を慰めてくれた。
その途中で、私は潮くんと付き合っていることを知った。
それを思い出したくても思い出せない私は、本当に潮くんに申し訳なくて……。
過去になにがあったか私には分からない。
けど、今の潮くんを信じたいと思った。
潮くんが大事にしているように、私も彼を大事にしようと。
「3棟にあるんですよね?」
「うん、知ってる?」
「はい、お母さんから聞きました」
「いつでも来ていいから」
「いいんですか?」
「うん、本当に、凪ならなんでもいいんだ」
潮くんに笑いかけていると、潮くんも幸せそうに笑っているのが視界に入ってきた。
そのまま私の頭を撫でる潮くんは、軽く私を引き寄せた。
「……怖い?」
潮くんのことを?
怖い、この感情は怖いのだろうか?
「分かりません…、でも、もう、潮くんは優しい人だって、わかる」
「うん」
「あの」
「なに?」
顔の、距離が近い。
これ以上引き寄せられれば、キスができてしまう距離。
「私たち、キスしたこと、あるんですか、」
潮くんは、少し頭を撫でる手を止めたけど。
すぐに優しく笑って、「あるよ」と、また愛おしそうに頭を撫でた。
本当に、触るだけで幸せだと、思っているような顔。
「キスをすれば、思い出すでしょうか」
「…凪」
「潮くんは、私とキスしたい?」
「したい」
「なら──」
「でも、まだ凪は俺の事怖がってる。それに〝好き〟って思ってるわけじゃないだろう?」
好き……?
「焦らなくていいんだ、凪のペースで。凪が俺の事を好きだと思って、俺の事を怖くないと思ったら、──その時はさせてほしい」
その時……。
「でも、すれば、思い出すかもしれません……」
「いや、うん、それだったらすげぇ嬉しいんだけど…」
「けど?」
「凪の体を犠牲する思い出させ方は、したくないんだ」
犠牲にする思い出させ方?
「凪のペースで、ゆっくり思い出していこう」
寝返りをうとうとするけど、その人の体があったため上手く寝返りを打つことが出来なかった。
体、と言っても、潮くんが私の手をずっと握っているからなのだけれど。
潮くんは寝ているらしい。
静かな寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っていた。そんな潮くんを起こすことも出来なくて、そのまま身を任せた。
私が不安に思うことは、ただ一つ。
今日は何年の、何月何日だということ。
だけど多分、こうして潮くんが私と寝ているということは、少なからず私は潮くんのことを覚えているということ。
それに安心して、繋がれた手を握れば、潮くんのことを起こしてしまったらしい。かすかに握り返してきた。そのまま瞼が開き、「…おはよう」と、優しく笑いながら言ってくる潮くんに、私も「おはようございます」と笑っていた。
「ごめんなさい、起こすつもりは…」
「…ううん、凪に起こされて嬉しい」
愛おしそうに、寝起きの手で私の頬を撫でる。
「…あの、今日は…」
「今日は、7月27日」
えっと、昨日が確か26日だったから。そう考えていると、頬に置かれていた手が移動し、私を抱きしめた。
「…潮くん」
「うん」
「わたし、きのうのこと、全部覚えてる」
「うん──」
「7日間のこと、全部、覚えてます」
潮くんの腕の中で笑えば、潮くんも笑ったような気がして。
「潮くんが、大事にしてくれたこと、全部覚えてます」
──7日前、私は潮くんと色々な事を話した。潮くんが私に一目惚れをした事も、告白してくれたことも、それを私が忘れて虐めてしまったことも。
それでも、好きだから、傍にいようと決めたことも。
それを聞いて、二度と忘れたくないと思った私は、潮くんと1晩を過ごそうと思った。
ずっとずっと一緒にいれば、忘れないんじゃないかって思ったから。
こうして一緒に寝るのは、「ホテルで手を繋いで寝たことがある」と潮くんが教えてくれたから。
だからその時のことを思い出すために、潮くんが再現してくれていて。
だけど、過去のことは思い出せない。
それでもこの7日間のことを覚えている私は、とても気持ち的に楽だった。
私は今17歳で、高校生。
世間では夏休みという長時間のお休みらしい。
潮くんはまたウトウトとし始めたから、トイレに行きたい私は手を離した。
そうすれば潮くんはまた起きて、「どこに行く?」と、私と手を繋ごうとしたから。
「トイレに、すぐに戻るね」
「早く戻ってこいよ」
うん、と返事をしてから、私はリビングに向かった。まだ7日間だから、普通に喋るのにはまだ抵抗があって。敬語と、敬語じゃないのと混じってしまう。
ちょうどお母さんと鉢合わせして、「潮くんは?」と聞かれた。
「もう少し寝るみたいで」
「昨日、ずっと起きてたからかしらね」
「そうなんですか?」
「潮くん、凪の寝顔を見れるなんて幸せすぎるって、毎晩言ってるもの。かわいい寝不足ね」
お母さんの言葉に恥ずかしくて、顔が赤くなるのが分かった。
潮くんは毎晩、そんなことを思ってくれているらしい。
この7日間、私を大切にしてくれて。
私の中でも潮くんの第一印象が変わり始めている今、好感度が勢いよく上がっていく。
この人なら大丈夫と、信頼をしているようだった。
部屋に戻り、起きていたらしい潮くんは「おかえり」と、手を伸ばしてきた。
聞いたところによると、この手を繋ごうとするのは、潮くんの癖らしい。
そのまま手を繋ぐと引き寄せられ。
「潮くん、」
「…ん?」
「やっぱり、少し忘れてるみたい」
「え?」
「だって私、毎晩、潮くんに寝顔を見れて幸せなんて言われてないもの」
クスクスと笑えば、潮くんは寝起きだというのに、顔を真っ赤にした。
「もー……」
と、複雑な様子で。
「……言わなくても、幸せなの分かるだろ?」
そう言って、完璧に私を腕の中に引き寄せる。
「凪?」
「なんですか?」
「今日、どこ行きたい?」
「……」
「凪が行きたいところ行こう」
「わたし、」
「うん」
「潮くんの部屋に行ってみたい」
「俺の部屋?」
「うん、写真とかあれば見たいなあと思って」
「写真?」
潮くんは、顔を傾けた。
「はい、何か思い出せるような物はないかと思って」
「んー…、あんまり凪のこと写真に撮ったことないから。ああ、でも、卒アルはある」
「卒アル?」
「卒業アルバム。小学生と中学の時の。凪の部屋にもあると思うけど」
「私の部屋に?あるんですか?」
「でも、俺の部屋に行きたいなら一緒に行こう。俺も凪が部屋に来てくれたら嬉しい」
甘く言ってきた潮くんに恐怖は無かった。
この7日間、潮くんは「外に行きたい」というわがままにも付き合ってくれた。
時々、記憶が思い出せず不安になっていると「そのままでいい。大丈夫」と私を慰めてくれた。
その途中で、私は潮くんと付き合っていることを知った。
それを思い出したくても思い出せない私は、本当に潮くんに申し訳なくて……。
過去になにがあったか私には分からない。
けど、今の潮くんを信じたいと思った。
潮くんが大事にしているように、私も彼を大事にしようと。
「3棟にあるんですよね?」
「うん、知ってる?」
「はい、お母さんから聞きました」
「いつでも来ていいから」
「いいんですか?」
「うん、本当に、凪ならなんでもいいんだ」
潮くんに笑いかけていると、潮くんも幸せそうに笑っているのが視界に入ってきた。
そのまま私の頭を撫でる潮くんは、軽く私を引き寄せた。
「……怖い?」
潮くんのことを?
怖い、この感情は怖いのだろうか?
「分かりません…、でも、もう、潮くんは優しい人だって、わかる」
「うん」
「あの」
「なに?」
顔の、距離が近い。
これ以上引き寄せられれば、キスができてしまう距離。
「私たち、キスしたこと、あるんですか、」
潮くんは、少し頭を撫でる手を止めたけど。
すぐに優しく笑って、「あるよ」と、また愛おしそうに頭を撫でた。
本当に、触るだけで幸せだと、思っているような顔。
「キスをすれば、思い出すでしょうか」
「…凪」
「潮くんは、私とキスしたい?」
「したい」
「なら──」
「でも、まだ凪は俺の事怖がってる。それに〝好き〟って思ってるわけじゃないだろう?」
好き……?
「焦らなくていいんだ、凪のペースで。凪が俺の事を好きだと思って、俺の事を怖くないと思ったら、──その時はさせてほしい」
その時……。
「でも、すれば、思い出すかもしれません……」
「いや、うん、それだったらすげぇ嬉しいんだけど…」
「けど?」
「凪の体を犠牲する思い出させ方は、したくないんだ」
犠牲にする思い出させ方?
「凪のペースで、ゆっくり思い出していこう」