キミは海の底に沈む【完】
潮くんの部屋は、綺麗だった。
綺麗と言うよりも、物が少なく感じた。
ワークテーブルのような机には、何かをメモ書きするような紙とペンがあるぐらいで。

カーテンなどの家具は、色は紺と黒が多い気がした。
潮くんは、綺麗好きなのかもしれない。
潮くんはクローゼットを開けると、2冊、分厚い本のようなものを私に差し出してくれた。

卒業アルバムと書かれた2冊の本。


「もしかしたら、見て、怖かった俺の事をもっと思い出すかもしれない」


そう言われて、私は首を横に振った。


「今を大事にしますから、きっと、大丈夫ですよ」と。


小学生の卒業アルバムを先に見ると、6年1組に私たちの名前があった。


〝桜木潮〟
〝澤田凪〟


同じさ行だからか、私たちの個人写真は隣同士だった。幼い頃の潮くんは、私の記憶通りの顔で。
だけど、潮くんの顔を見ても何も思い出す事はなくて。


パラ、パラ…とめくり、修学旅行や、運動会などのイベントの写真を見つめた。
そういう行事は知ってる。
運動会は、スポーツを競うようなイベントだと言うことも。

たくさん写真がある中、私と潮くんを探した。
でも上手く見つけられなかった。というかいなかった。


「私たちは、載ってないのですか?」

「うん、凪は修学旅行は参加してない。運動会も…、凪、その日は戸惑ってた日だから参加してなかった」

「戸惑ってた日?」

「うん、何も覚えてないって、ずっと泣いてた」


戸惑って、ずっと泣いてた…。
私が?


「潮くんも、載ってません」

「ああ、そんときはもう凪を受け入れてたから、ずっと一緒にいた」


当たり前のように言った潮くんに、軽く目を見開いた。


「ずっと?」

「うん、だから俺も、参加してない。凪とずっと家で一緒にいたんだよ」


潮くんの言葉に、胸が締め付けられた。


「参加、したくなかったの…?」

「したくなかった、って言ったら嘘になるけど」

「……私のせいで、」

「参加するしないよりも、やっぱり俺の優先順位は凪なんだよ」

「……」

「だから行かなかったことには後悔してない。凪を置いて行った方が俺は後悔してたはずだから」


後悔……。
だって、こういうのは、修学旅行とか、1度きりのイベントじゃ……。
私を本当に、大事にしてくれていたらしい。


「そのページには凪は載ってないけど、次は載ってる。学校の中で撮った写真だから」


言われた通りに捲ってみると、そこには授業中らしい風景の写真が撮られていて。隣の席に座っている潮くんも一緒に映っていた。



中学の卒業アルバムも似たような感じだった。
個人撮影と、学校風景に私が写っていた。そういうイベントに、私も潮くんも参加していなかった。


私は時間が許す限り、卒業アルバムを眺めていた。小学生の頃、潮くんは野球のクラブチームに入っていたらしい。そこのクラブチームの集合写真の中に潮くんはいた。
ちなみに、私はどこのクラブにも所属していなかった。


「…野球をやってたの?」

「…うん、小学生のころだけ」


そう言った潮くんは、少しだけ悲しそうだった。


「やめたんですか?」

「学校のクラブと、少年野球に入ってたけど、やめた」

「それも、私がいたからですか?」

「俺が凪と一緒にいたかったから」

「……」

「後悔してないよ」


そう言って優しく笑う潮くん。


「野球で、潮くんはどんなことをしてたんですか?」

「ピッチャーしてた」

「ピッチャー?」

「ああ、ボールを投げる役割」

「ボールを投げる役割…」

「うん」

「この人は、なんですか?」

「え?」

「この、藤沢、と書かれてる人、いっぱい服みたいなのを着てます」

「それは、キャッチャーの防具」

「キャッチャー?」

「投げる人間がいれば、それを受け取る役割の人間もいるから」



受け取る役割?


「それはペアって事ですか」

「うん、野球の言葉で言うとバッテリーかな」

「仲が良い友達みたいなものですか?」

「うん、──仲は、良かったな」


良かったな?
過去形?


「今は仲良くないんですか?」

「うん」

「もしかして、潮くんが私のせいで野球をやめてしまったから、仲が悪くなったとか…」

「違うよ、俺が藤沢を怒らせた。凪は関係ない」

「……」

「それに、もう俺も関わる気はないよ」

「ケンカをしたのですか?」

「あいつは俺の大事なものに酷いことしたから。許せねぇだけ」


潮くんはそう言って笑うと、まるで逃げるように「なんか飲みのも持ってくる」と、部屋から出ていった。


私は中学生の卒業アルバムを見た。
どこを見ても、潮くんは私と映っていた。

潮くんが…、私以外の誰かと映っているのは無かった。


潮くんに、友達はいるのだろうか?
もし、いなかったとしたら。
潮くんは、私のせいで…
友達ができなかったのだろうか?
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