キミは海の底に沈む【完】

令和2年7月30日

──『会って話がしたい』

潮くんを拒絶してから3日目の朝、潮くんからメッセージが届いていた。それを見つめ、何の返事もできない私は、凄く心の中が苦しかった。
3日間とも、私は彼の連絡を無視していた。
どうしても、彼に殴りかかろうとした潮くんの顔が忘れられなかった。


「潮か?」


そう言ってベットの上に寝転び、スマホで動画を見ている那月くんが、スマホを眺めている私にどうでも良さそうに呟いた。
何も返事ができないでいると、鼻で笑った那月くんが「那月くんの部屋にいる〜って送ってやれよ」と、楽しそうに笑った。


那月くんの部屋に来るのは、2度目だった。
初日、私を強引にここに連れてきた那月くんは、私がここに来ることに、潮くんに対しての「嫌がらせ」と言っていた。


「…帰っても、いいでしょうか?」

「むり」

「帰りたい…」

「潮のせいで骨折したんだけどなぁ」


そう言われると、帰ることも出来なかった。
この3日間、潮くんに会っていない。
潮くんは家に来るけど、お母さんに「会いたくない」と伝えていれば、潮くんは私の部屋の扉を開けることは無かった。


「今日も、ここに私を呼んだのは、潮くんへの嫌がらせですか?」

「よく分かったな」

「…潮くんが嫌いですか」

「潮もお前も嫌い」

「…私のせいで、2人の仲が悪くなったからですか」

「そーだよ」

「わざと、私に、怖い潮くんを見せたんですか」

「こうも上手くいくとは思わなかったけどな」


くすくすと笑う那月くんは、ほんとに楽しそうだった。


「……私、全部を思い出したいんです…」

「ふうん」

「でも、思い出すのが、怖いです…」

「…」

「これ以上、潮くんのことを怖いって…思うんじゃないかって…」

「…」

「今の潮くんを信じたいです、でも、そう簡単には思えなくて…」

「……」

「もう、思い出さなくても、いいんじゃないかって思ってきました…」

「その方がいいんじゃね」

「はい…」

「……」

「那月くんと、潮くんは、私がいなければずっと仲がいい存在だったんですよね」

「……」

「私がいたから……」

「……」

「…間に合うと思いますか?」

「なにが」

「私が消えれば、あなた達の仲は、元に戻りますか?」


「戻るわけねぇじゃん」


当たり前のように言った彼に、私は視線を下に向けた。


「俺はね、もうお前らを地獄に落とすことしか考えてねぇのよ」

「…地獄?」

「それぐらい嫌いってこと」

「…ごめんなさい…」



私がいたから。
私が記憶喪失なばっかりに。
潮くんと彼の中を壊してしまった。


「謝るなら俺の女になってよ」


何を言うのかと、ベットで寝転んでいる那月くんを見つめれば、彼はスマホじゃなくて私に目を向けていた。

俺の女?
彼女ってこと?
この人は私のことを嫌いなのに?
潮くんの嫌がらせのために?
そもそも、私は潮くんの彼女のはずで。


「…どういうつもりですか?」

「7年間ずっと一緒にいたのに、簡単に他の男のところに来た女と付き合いたいって言ってる」



7年間ずっと…


「…そんな言い方、やめてください」

「お前らの関係って、こんな簡単に崩れるんだな」


崩れる…。


「でも、私は…この10日間のことしか知りません…」

「潮はな、ずっと俺からお前を守ってたんだよ」

「…」

「それなのに、お前は俺を庇った。だからすげぇ楽しいわ、今」


〝地獄〟の言葉をどんどん言ってくる那月くんに、私は何も言えなかった。ずっとずっと黙り込んでいると、「来いよ」と、床に座っている私の腕を掴んできた。


そのまま強引に、苦しい気持ちになっている私をベットの上に連れ込んだ。
そして乱暴に肩を押され、私は那月くんのベットの上に身を沈めた。


何をするのかと、私を見下ろす那月くんを見上げた。


「脱げよ」


脱ぐ?何を?
本当に言っている意味が分からず、目を泳がせながら「え?」と呟いた。


「なに、脱がされてぇの?」


そう言って那月くんが、私の服に手を入れようとするから、慌てた私は「やだっ」と、ベットの枕元の方へと逃げた。


「舐めてんのか? ここに来たってことは、こういうことになるぐらい分かるだろ?」


こういうこと?
分からない…。
服を脱いで、何をするというのか。


「まって…、ほんとに分からない…」

「は?」

「服を脱いで、何するんです」

「何って、お前、潮と──」


潮くん?


「意味、が、分かりません、」

「…」

「潮くんの前で、服を脱いだことなんて、ないです」

「なあ、それは忘れてるだけ?それともそういうのした事ねぇ?」


顔を近づけてきたから、キスをされると思った私は、怖くて「…何を、言っているか分かりません…。やめてください…」と言った。



私の言葉を聞き、私から遠のいたその人は「7年だろ」と、困惑しているようだった。


7年…。


「あの…」

「めんどくさ、」

「…なつき、くん、」

「もういい、帰れよ」

「……」

「潮には、俺の女になったって言っとけ」




──その日の夜、潮くんから電話がかかってきた。この3日間無視していたけど、──もう、これ以上無視するわけにはいかず、私は電話に出た。


『もしもし?凪?』


3日間無視していたのに。
怒っているかもしれないと思っていたのに。
電話越しの潮くんの声は、私の知っている優しい声だった。


『この前は、ごめん。怖いところを見せた…』

「わたし、」

『会えないか…?』


優しい声なのに、電話越しの潮くんの声が、泣いているような気がした。
私はまた、潮くんを泣かせてしまったのだろうか。


「……怖いんです、私の知っている潮くんが、どっちなのか、分からなくて…」

『俺は…このまま終わるなんて絶対いやだ…』


終わる?
私と、潮くんの関係が?

私の知らない、7年間──。


「わたし、…那月くんと、付き合うようなんです」

『…え?』

「だから、少し、時間をくれませんか」

『藤沢と付き合うのか?』

「分かりません…、そのための、考える時間が欲しいんです…」

『……』

「ごめんなさい…、今は潮くんに会うことが出来ません…」


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