キミは海の底に沈む【完】

令和2年7月31日

────翌日、罰の悪い顔をした広瀬くんが家に来た。マンションの表札を見て、私が住んでいる号室を知ったとの事だった。


広瀬くんは「この前の、潮ってやつが那月をボコった理由、言ってなかったから」と、わざわざ言いに来てくれたらしく。


玄関の外で、広瀬くんは教えてくれた。



那月くんが、私の記憶を取り戻すために私をプールに落としたこと。

落として、思い出させるために、1時間以上、ずっと水の中に落としたままだったそうで。
私が「寒い…」と凍えても、那月くんは「まだ思い出してないだろ」と、水から上がらせて貰えなかったとか。

私の意識が落ちそうになった時、ようやく水の外に出ることが許され、私はそのまま気を失ったようだった。
そのまま那月くんだけが帰り、助けに来た潮くんが、多分、プールサイドで気を失った私を見て、〝殺してやる〟と言わんばかりに那月くんの所へ暴力を振るいに来たと思う、と。


それを聞いて、何故私が、熱を出して苦しんだのか理解した時、──私は潮くんに何て酷いことを言ってしまったんだと、後悔した…。



私を優先してくれる、潮くん…。




───『それに、もう俺も関わる気はないよ』

──『ケンカをしたのですか?』

──『あいつは俺の大事なものに酷いことしたから。許せねぇだけ』




卒業アルバムを見ていた時言っていた大事なものは、私だったんだ。
那月くんが私に酷いことをしたから。




「那月と付き合うって聞いた…」

「……」

「なんで、そうなったか分からないけど…」

「……」

「あん時のあれは、どう見ても那月が挑発したからで…」

「……」

「あんたは、潮ってやつと、離れるべきじゃないよ」



そう言われても、潮くんに酷いことを言ってしまった今、潮くんのそばに居たいって…私には言うことが出来なかった。




広瀬くんは最後に、そのプールの場所はどこかと聞いた私に、「あんたの元小学校」と教えてくれた。




広瀬くんが帰り、私は〝なぎのへや〟のクローゼットの中を探した。そこには潮くんが言っていたとおり、卒業アルバムがあった。あまり読まれていなかったらしく、埃が被っていた。

ぱんぱん、と、埃をとる。
そして1ページとめくる。
どのページも、潮くんの部屋で見たものと同じだった。
小学校の校舎内。
もしかすると、この小学校に行けば、記憶が戻るかもしれない。
那月くんが私を落としたプールがある、学校へ。


得に何も潮くんに見せてもらった卒業アルバムと変わりがなく、ペラペラと捲っていた時、とあるページを見て私の指の動きは止まった。


最後のページ、きっとみんなが書ける寄せ書きのような、空白のページ。



────『卒業おめでとう 桜木潮』



綺麗、とは言えない字だった。
だけどその文字を見て嬉しくなった私は、潮くんに会いたくてたまらなくなった。


もしかしたら、と思い、中学の卒業アルバムも見た。



──『卒業おめでとう 高校でもよろしく 潮』



空白の、寄せ書きのページにあるのは、どちらも潮くんのメッセージだけだった。

『何してる?』


そう那月くんから電話が来たのは、卒業アルバムを眺めている時だった。横には汚れている日記が挟まれているファイルがあって、読めない文字と睨めっこしていた。


「…聞かなくても、潮くんとは会ってませんよ」


笑いながら言えば、那月くんは『だるい女だな』と、怪訝な声を出した。


「私…、やっぱり思い出すことにします」

『あ?』

「だって、あなたと、潮くんの仲が悪くなったことも、思い出せば分かるでしょう」

『…』

「今の私ではどうすればいいか分からないから…。思い出してから答えをだそうと思うんです」

『一生、思い出さねぇかもしんねぇよ?』

「はい、ですから、小学校に行こうと思います」

『小学校?』

「はい、あなたが私の記憶を取り戻すために、私を落としたプールがある学校に…」

『…誰に聞いた?』

「なので、私はあなたとは付き合えません」

『……』

「私はきっと…、記憶が戻った時も、潮くんを選ぶ気がするから…」



電話を切ったあと、私は小学校へ行く準備を始めた。お母さんに気づかれないようにそっと抜け出した。

マンションのエレベーターに乗り、最近使えるようになったスマホのネット検索で、小学校の位置を検索しようと思っていた矢先、エレベーターを降りたところで、見慣れた金髪が見えた。


私を待っていてくれたのか分からない。けど、それほど怖い顔をしていなかった。


「…道、分かんねぇだろ」


そう言った彼は、まるで着いてこい、とでもいうように、前を歩き出した。

那月くんが何を考えているか分からない。
もしかするとまたプールに落とすのかもしれない。それでも、それで思い出せるならと、私は彼について行った。


夏の暑さが、ジンジンと肌を刺激する。


私が卒業したらしい小学校だけど、校門を見ても、開いていた校門から中に入っても、〝懐かしい〟っていう気持ちは思い浮かんで来なかった。



那月くんが校舎の中に入っていく。
彼の後をおえば、校舎から見える景色に、那月くんは「今日はあそこに落とすのは無理だな」と笑っていた。


那月くんの言葉に窓の外を見れば、夏休みの時期なのに、小学生らしい子がプールに入って遊んでいた。


「校舎の中、勝手に入ってもいいのですか?」

「いいだろ、卒業生だし」


いいのだろうか?分からないけど。
校舎の中を進む那月くんは、「懐かしいな…」と、階段を登っていく。

私にはその〝懐かしい〟が分からない。

目的地は、とある教室の前だったらしい。6年1組と書かれた教室には鍵がかけられていた。だから入ることが出来ず。

那月くんは、近くの廊下の窓を開けた。那月くんが見ているのは運動場らしかった。

運動場を見て、那月くんは「お前が転校してきた日、覚えてる」と呟いた。那月くんは私の方を見ていない。
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