キミは海の底に沈む【完】
ここはどこなんだろう?
少し前を歩いている潮っていう人は、誰なんだろう?歩く度に不安が積もっていく。

1歩1歩と歩いてみても、見たことの無い景色が続いていくだけで。
道路も、標識も、信号も、本当に見覚えがない。…分からない…。


歩いていた足をとめた。
どうしてとまってしまったのか。
それは多分、知らない土地だから。
まるで宇宙でひとりきりになってしまった感覚だった。


歩くのが怖い…。
歩けるはずなのに、怖い…。


怖い…。


突然立ち止まった私に気づいたらしい彼は、私の名前を呼びながら後ろに振り向いてきた。


彼は、私の知り合いらしい。
だけど怖いものは怖い。


「どうした?気分悪いのか?」


数歩ほど私の方に戻ってきた潮は、私の顔を覗き込むように、軽く腰を曲げた。近い距離にビク、っと肩が反応する。


「…あ、あの、」


無意識に、目が泳ぐ…。


「ん?」


落ち着いたトーンで、私と目を合わせようとする人。それでも、私の目が泳いでいるせいで合うことは無い。


「ご、ごめん、なさい…」

「うん」

「あの…」

「いいよ、落ち着いて言ってみ」


落ち着いて…
どうやって落ち着けばいいのか分からない。


「こわ、こわくて…」

「うん」

「…わたし、こわい…」

「うん」


そもそも学校はどこにあるのか。
〝私〟は行ったことがないのに…!!


「…そうだな、怖いよな」


怯える私に、優しくほほ笑みかける彼は、ゆっくり手を伸ばしてくる。私の後頭部に手をやり、そこを撫でてきて。

まるで子供をあやすような、その仕草。

初めて触られるのに、何故かその手つきに、私自身、違和感はなくて。


「ごめんな、怖かったな」


恐る恐る潮を見つめれば、やっぱり安心させるような顔つきで笑ってる。


「今日は学校やめとこう。凪の家の近く、散歩でもするか?」

「…、」

「凪?」

「あ、」

「ん?」

「あ、あなたは、だれ」

「…」

「ほ、本当に、分からなくて…。分からないんですっ…、」

「凪、日記は読んだ?」


日記…?
ファイルのこと、だろうか…


「よ、よみ、ました、」

「全部?」

「は、初めと、…さいご…昨日の分だけ…」

「じゃあ、その2日分だけ?一昨日のとかは見てねぇ?」

「あの、…」

「なるほど、わかった」


わかった?
なにが。

よしよしと、頭を撫でて、その手を離すと、今度は汗ばんだ私の手のひらを握った。


「俺は凪の彼氏。高1の春から凪と付き合ってる。だからもう一年以上こうした仲な。」


彼氏…?
一年以上?


「多分、俺は読んだことがないから分からないけど、付き合った日のことも書いてると思う。今から読みに帰ろう」

「…え?」

「いま、怖かったこと。俺に教えてくれてありがとうな」



やっぱり優しい笑みをする彼は、私の手を引き、マンションの方へと引き返していく。

私よりも、背が高い…。


この人が、私の彼氏?

本当に?
私はこの人を知らないのに?

だって、初対面のはず…。
そんな彼に、恋愛感情なんてないから。
いまいちピンと来なくて。


家に戻り、潮はお母さんと何かを喋っていた。ファイルの中を見てないことを伝えた潮。


「凪、おいで」


今朝、私が目を覚ました、自分の部屋らしいファイルが置かれた部屋に向かう。

部屋の中は、私と潮の2人きりだった。
潮は私に、白いファイルを渡してきた。



「読んだ後、凪の質問に答えるから」
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