キミは海の底に沈む【完】
私は〝抹茶〟の味にハマってしまったらしく、潮くんとこじんまりとした喫茶店に入り、抹茶のパフェも食べたりして。
────午後は潮くんに水族館へ連れて行って貰った。
入口の方では綺麗な水槽の中で小さな魚が泳いでいて、凄く魅力的だった。
初めて見る水族館に、私はすごく興奮していた。
「潮くん、あれ、あれはなに?」
潮くんの手を軽く引っ張る。
「あれはオオサンショウウオ」
「オーサンショーオ?魚なの?」
「いや、たしか両生類だったと思う」
「両生類?」
「カエルとか、イモリとか。その仲間」
「そうなんだ、魚じゃなくてもいるんだね」
「ここは海の生き物がいるところだからね」
クスクスと笑っている潮くんは、「楽しい?」と、優しく私に聞いてきた。
楽しい。こんなにも綺麗な水槽だとは思っても見なかった。──たくさん、私が見た事ない海の生き物がいる。
「うん、」
「良かった」
潮くんは「時間はあるからゆっくりでいい」と言ってくれて。
──その言葉に聞き覚えがあった私は、水槽を見つめながら考え込んだ。
いつ言われたんだっけ?
それほど遠い昔じゃない日がする。
「うしおくん?」
「ん?」
「あたま、撫でてほしい」
潮くんは、瞬きをすると、私の我儘に「どうした急に」と頭を撫でてくれた。
その瞬間、ふわりと何かの映像と重なった気がして。その映像を思い出した私は、自然と笑っていたような気がする。
「前に1度、こうして私の彼氏だって言ってくれたね」
「え?」
「泣きそうな私に、日記は読んだ?って…」
──言ってくれたよね。そう、言おうとした。それでも言うことが出来なかった。
──それはまさしく、あ、と、洗脳がとけるような感覚だった。全く思い出せなかった記憶が突然思い浮かぶかのような…。
鍵が開く。
ピースが合わさる。
私の知らない真っ白なファイル──…が、頭の中に現れた。
「凪、え? まって、思いだしたのか?」
慌てる潮くんは、もう一度私の名前を呼んだ。
もしかすると、ここが海の生き物がいる場所だからもしれない。
海に関係しているからかもしれない。
「潮くん、あっち行ってもいい?」
「いいけど、凪…記憶」
「アザラシがいるみたい!」
その水槽の広さに、目を奪われていたような気がする。進めば進むほど神秘的な光景に、目を奪われ続けた。
トンネルのようで、天井を泳いだりもしている。
とくに目を奪われたのは、クラゲのエリアだった。青と水色のライトがてらされた、とても綺麗なエリア。360度、全てがクラゲの水槽で埋め尽くされていた。
まるで、海の底のような──…。
海の底──…。
海の底に、私自身が沈んでいるような──…。
「さっき、日記を読んでいる自分を思い出しました」
私はクラゲを見ながら呟いた。
白く、透明で、ふわふわと気持ちよさそうに泳ぐクラゲ。
潮くんもクラゲの方を見ていたけど、私が言葉を発すると私の方に視線を向けた。
「高校の制服を着てて…半袖で夏だったから…多分そう古くはない記憶だと思う」
最近か、──今が高校2年生だから、ちょうど1年前か。
「もう日記は読めないって思ってましたけど、それって違うんですよね」
私はきっと、あの日記を毎日見て、毎日書いていたはずだから。
「私が忘れているだけで、思い出せばきっと内容も分かるはずだから。もう読めないっていうのは違うなって…」
「うん、」
確かにそうかもしれない、そう呟いた潮くんは「どんなこと思い出した?」と、言ってきて。
私は潮くんを見つめた。
背の高い潮くんの目が合っているけど、潮くんからは見下ろされている…っていう感じが全くしない。
「思い出したのは、日記の中でも1部で」
「うん」
「日記の中で潮くんの名前ばかりだったのは分かるんです、でも内容があんまり思い出せなくて」
「うん」
「潮くんがそばにいるからかな」
「え?」
「朝と違って、思い出すことが怖いと思わないです」
そう言って潮くんに向かって笑えば、潮くんも柔らかく微笑んだ。本当に嬉しそうに、笑った潮くんは軽く私を引き寄せた。
「凪?」
名前を呼ばれ、そのまま潮くんを見つめていると、手を繋いでいない方の潮くんの手が伸びてきて。
そのまま頭を撫でられると思った私は身を任せようと思った。だけど、頭を撫でる行為じゃなくて、そのまま後頭部に手をやり引き寄せた潮くんは私を抱きしめた。
「…抱きしめていい?」
潮くんの胸元に顔を埋めている私の耳元に、潮くんが呟いてくる。
私は潮くんの腕の中で、ふふ、と声を出して笑った。
「もう抱きしめてるのに…」
「凪」
「なに?」
「──…俺でよかった?」
その意味は。
俺でよかったの意味は。
この7年間、ずっと私の傍にいたのが潮くんでよかった、という意味だろうか。
少しも潮くんを怖いとは思わなく、潮くんに体を預ける私は、どうして潮くんをあんなにも怖いと思っていたんだろうと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「潮くんがいい…」
「うん…」
「これからもずっと潮くんと一緒にいたい…」
「…うん」
「潮くんこそ、私で良かった…?」
潮くんはゆっくり私の頭を撫でると、「凪しか考えられない」と甘い言葉をくれた。
────午後は潮くんに水族館へ連れて行って貰った。
入口の方では綺麗な水槽の中で小さな魚が泳いでいて、凄く魅力的だった。
初めて見る水族館に、私はすごく興奮していた。
「潮くん、あれ、あれはなに?」
潮くんの手を軽く引っ張る。
「あれはオオサンショウウオ」
「オーサンショーオ?魚なの?」
「いや、たしか両生類だったと思う」
「両生類?」
「カエルとか、イモリとか。その仲間」
「そうなんだ、魚じゃなくてもいるんだね」
「ここは海の生き物がいるところだからね」
クスクスと笑っている潮くんは、「楽しい?」と、優しく私に聞いてきた。
楽しい。こんなにも綺麗な水槽だとは思っても見なかった。──たくさん、私が見た事ない海の生き物がいる。
「うん、」
「良かった」
潮くんは「時間はあるからゆっくりでいい」と言ってくれて。
──その言葉に聞き覚えがあった私は、水槽を見つめながら考え込んだ。
いつ言われたんだっけ?
それほど遠い昔じゃない日がする。
「うしおくん?」
「ん?」
「あたま、撫でてほしい」
潮くんは、瞬きをすると、私の我儘に「どうした急に」と頭を撫でてくれた。
その瞬間、ふわりと何かの映像と重なった気がして。その映像を思い出した私は、自然と笑っていたような気がする。
「前に1度、こうして私の彼氏だって言ってくれたね」
「え?」
「泣きそうな私に、日記は読んだ?って…」
──言ってくれたよね。そう、言おうとした。それでも言うことが出来なかった。
──それはまさしく、あ、と、洗脳がとけるような感覚だった。全く思い出せなかった記憶が突然思い浮かぶかのような…。
鍵が開く。
ピースが合わさる。
私の知らない真っ白なファイル──…が、頭の中に現れた。
「凪、え? まって、思いだしたのか?」
慌てる潮くんは、もう一度私の名前を呼んだ。
もしかすると、ここが海の生き物がいる場所だからもしれない。
海に関係しているからかもしれない。
「潮くん、あっち行ってもいい?」
「いいけど、凪…記憶」
「アザラシがいるみたい!」
その水槽の広さに、目を奪われていたような気がする。進めば進むほど神秘的な光景に、目を奪われ続けた。
トンネルのようで、天井を泳いだりもしている。
とくに目を奪われたのは、クラゲのエリアだった。青と水色のライトがてらされた、とても綺麗なエリア。360度、全てがクラゲの水槽で埋め尽くされていた。
まるで、海の底のような──…。
海の底──…。
海の底に、私自身が沈んでいるような──…。
「さっき、日記を読んでいる自分を思い出しました」
私はクラゲを見ながら呟いた。
白く、透明で、ふわふわと気持ちよさそうに泳ぐクラゲ。
潮くんもクラゲの方を見ていたけど、私が言葉を発すると私の方に視線を向けた。
「高校の制服を着てて…半袖で夏だったから…多分そう古くはない記憶だと思う」
最近か、──今が高校2年生だから、ちょうど1年前か。
「もう日記は読めないって思ってましたけど、それって違うんですよね」
私はきっと、あの日記を毎日見て、毎日書いていたはずだから。
「私が忘れているだけで、思い出せばきっと内容も分かるはずだから。もう読めないっていうのは違うなって…」
「うん、」
確かにそうかもしれない、そう呟いた潮くんは「どんなこと思い出した?」と、言ってきて。
私は潮くんを見つめた。
背の高い潮くんの目が合っているけど、潮くんからは見下ろされている…っていう感じが全くしない。
「思い出したのは、日記の中でも1部で」
「うん」
「日記の中で潮くんの名前ばかりだったのは分かるんです、でも内容があんまり思い出せなくて」
「うん」
「潮くんがそばにいるからかな」
「え?」
「朝と違って、思い出すことが怖いと思わないです」
そう言って潮くんに向かって笑えば、潮くんも柔らかく微笑んだ。本当に嬉しそうに、笑った潮くんは軽く私を引き寄せた。
「凪?」
名前を呼ばれ、そのまま潮くんを見つめていると、手を繋いでいない方の潮くんの手が伸びてきて。
そのまま頭を撫でられると思った私は身を任せようと思った。だけど、頭を撫でる行為じゃなくて、そのまま後頭部に手をやり引き寄せた潮くんは私を抱きしめた。
「…抱きしめていい?」
潮くんの胸元に顔を埋めている私の耳元に、潮くんが呟いてくる。
私は潮くんの腕の中で、ふふ、と声を出して笑った。
「もう抱きしめてるのに…」
「凪」
「なに?」
「──…俺でよかった?」
その意味は。
俺でよかったの意味は。
この7年間、ずっと私の傍にいたのが潮くんでよかった、という意味だろうか。
少しも潮くんを怖いとは思わなく、潮くんに体を預ける私は、どうして潮くんをあんなにも怖いと思っていたんだろうと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「潮くんがいい…」
「うん…」
「これからもずっと潮くんと一緒にいたい…」
「…うん」
「潮くんこそ、私で良かった…?」
潮くんはゆっくり私の頭を撫でると、「凪しか考えられない」と甘い言葉をくれた。