キミは海の底に沈む【完】
────水族館を離れ、私がずっと水槽の中を見ていたせいで時間も頃合になり、帰らなければならず。
帰りの電車も、とても速く走る電車らしく、予約席らしくて2人とも座れた。
駅まで向かう最中も、隙あらば私にキスをしてこようとする潮くんを止めるのに必死だった。
「いっぱい人がいる」と頬を赤く染めながら言っても、潮くんは「凪と結婚するから」と、答えになってない答えを返してくる。
それほど、7年前の告白のことを、思い出したのが嬉しかったのかもしれない。
だけど、恥ずかしいものは恥ずかしい…。
「家に帰ったらするから…」
電車の中は指定席だから、あまり人から見られることはないけど。隣に座る潮くんに小声で言えば、「…がまんできないんだけど」と、少し駄々を捏ねた。
「…でも、電車だから」
「家でいっぱいする?」
「…うん、家なら、いっぱい」
部屋の中なら、誰もいないから。
聞いてきたのは潮くんなのに、潮くんは顔を赤くさせた。
手を繋ぎながら、電車は走る。
乗り換え、また速く走る電車に乗った。
その頃にはもう外は日が沈み、外は夜に変わっていた。
「──…凪はどこまで思い出した?」
窓の景色を見つめていると、潮くんが優しく聞いてきて。その声のトーンに、ああ、ついに、始まるんだと思った私は、窓の外を見るのをやめた。
「分からない。たぶん、半分は思い出してると思う。事故の事は思い出してない。でも、なんとなく分かってるから覚悟はできてる」
それに、那月くんが、プールに落とした時の記憶も、今はあるから。その時の言葉ももう、思い出しているから。
──『お前が自分の父親と、キヨウダイを殺したこと』
だから。
なんとなく、そんな気はしてる。
「俺、凪に嘘をついていたことが沢山ある」
私の手を握りながら言った潮くんは、さっきとは違い、冷静に話をしだした。
「気分悪くなったらすぐに言って」
「潮くん…」
「ほんとに、凪にとっては悲しい記憶だから」
「大丈夫…。覚悟はできてるから」
「俺は、ずっとずっと、凪は頭をうって毎日忘れる記憶喪失になったって説明してた。でもあれは本当のことじゃない」
本当の事じゃない。
「頭をうったのは事実だけど──…」
頭をうったのは──
「夏休みの家族旅行で、凪たちは船に乗っていたらしい。凪の家族は4人家族。母親と、父親。それから凪の…姉。凪のお母さんが言うには、凪と、凪の姉は海が好きだったらしい。だからその時の旅行も、凪たちが決めたって言ってた」
姉──…
「船に乗るのも初めてじゃなかったから、凪は1人で海を見てたみたいで…。けど、船酔いか貧血か。それが原因でふらついて、凪が船から落ちた」
おちた…。
「凪が船の手すりに頭をうったらしい。それで落ちたんだと思う。──手すりに凪の血があったし、船に戻った凪の頭からは血が流れてたって言ってたから」
きっと、いつも潮くんが私に説明する時に言っている頭をうって記憶喪失になった、というのは、この事だろうと思った。
「凪は気を失ってて、姉が見つけた時にはもう凪は海の中だったらしい。凪を助けるために、姉も海へ飛び込んだ。姉の叫び声に気づいた父親も、凪を助けるために海に飛び込んだ」
姉と父が海に、私を助けるために。
「幸い、凪はライフジャケットを着ていたからすぐに船に乗せることができたみたいだけど──…、凪が頭から血を流していたから。両親はその手当に必死で。その途中で気づいたらしい。凪の姉が船に乗ってないことを」
もう、言われなくても、分かった。
「まだ船は停まっていたままだったから、急いで父親がもう1回潜ったけど…」
そのまま姉は、見つからなかったんだと。
「──…俺のせいだって、自分を責めた父親はずっと探した、ずっと…。凪が病院に行った間もずっと…。もしかしたら今も探してるのかもしれない」
今も…。
そんなの。
もう──…
「意識を取り戻した凪がそれを知った次の日にはもう、記憶ができなくなってた」
記憶…。
「その夏の終わりに俺と凪が出会った。そこからは多分、凪の思い出している通りだと思う」
潮くんと出会った──…。
「つまり、私は自分の家族を殺したってこと…?」
「違う」
「私が落ちなかったら…」
「凪、そんな考え方は絶対にするな」
厳しく、鋭く、私に向かってそう言ってきた潮くんは、「絶対、そういう考えはするな」ともう一度深く呟いた。
そういう考え…。
私が、2人を殺したと?
──…お母さんはいったい、どういう気持ちで、毎日を過ごしていたんだう。
娘に、娘と夫を殺された、なんて…。
「2人は凪の事が大事だったから、大切だったから守った。今はそれだけを考えればいい」
「…そ、れだけ…」
「凪はもう、充分苦しんだ。毎日毎日不安な日々で、ずっと苦しんでた」
毎日毎日、記憶が無くなる不安な日々。
ずっと苦しんだ日々…?
「もういいんだ、凪は自由になっても」
…自由?
「自分を許していい」
許す…。
「もう、解放してもいい」
解放…。
「凪は幸せになってもいい」
幸せ……。
「1回、凪が俺に好きだって言ってくれた時、凪は一瞬気を失って寝てないのに記憶を失ったことがある。──それも、凪自身が幸せになることを許してないからだと思う」
その時の記憶が分かる私は、潮くんの手を強く握りしめた。
「凪は事故のことを忘れたいと思ってるわけじゃない、自分自身の罪があるから忘れてしまう」
「罪…」
「愛してる、凪…」
「……──っ…」
「7年間、頑張ったな」
──頑張った
──7年間、
「ここにいていい。どこにも行かなくていいんだ。凪のお母さんもそう願ってる」
帰りの電車も、とても速く走る電車らしく、予約席らしくて2人とも座れた。
駅まで向かう最中も、隙あらば私にキスをしてこようとする潮くんを止めるのに必死だった。
「いっぱい人がいる」と頬を赤く染めながら言っても、潮くんは「凪と結婚するから」と、答えになってない答えを返してくる。
それほど、7年前の告白のことを、思い出したのが嬉しかったのかもしれない。
だけど、恥ずかしいものは恥ずかしい…。
「家に帰ったらするから…」
電車の中は指定席だから、あまり人から見られることはないけど。隣に座る潮くんに小声で言えば、「…がまんできないんだけど」と、少し駄々を捏ねた。
「…でも、電車だから」
「家でいっぱいする?」
「…うん、家なら、いっぱい」
部屋の中なら、誰もいないから。
聞いてきたのは潮くんなのに、潮くんは顔を赤くさせた。
手を繋ぎながら、電車は走る。
乗り換え、また速く走る電車に乗った。
その頃にはもう外は日が沈み、外は夜に変わっていた。
「──…凪はどこまで思い出した?」
窓の景色を見つめていると、潮くんが優しく聞いてきて。その声のトーンに、ああ、ついに、始まるんだと思った私は、窓の外を見るのをやめた。
「分からない。たぶん、半分は思い出してると思う。事故の事は思い出してない。でも、なんとなく分かってるから覚悟はできてる」
それに、那月くんが、プールに落とした時の記憶も、今はあるから。その時の言葉ももう、思い出しているから。
──『お前が自分の父親と、キヨウダイを殺したこと』
だから。
なんとなく、そんな気はしてる。
「俺、凪に嘘をついていたことが沢山ある」
私の手を握りながら言った潮くんは、さっきとは違い、冷静に話をしだした。
「気分悪くなったらすぐに言って」
「潮くん…」
「ほんとに、凪にとっては悲しい記憶だから」
「大丈夫…。覚悟はできてるから」
「俺は、ずっとずっと、凪は頭をうって毎日忘れる記憶喪失になったって説明してた。でもあれは本当のことじゃない」
本当の事じゃない。
「頭をうったのは事実だけど──…」
頭をうったのは──
「夏休みの家族旅行で、凪たちは船に乗っていたらしい。凪の家族は4人家族。母親と、父親。それから凪の…姉。凪のお母さんが言うには、凪と、凪の姉は海が好きだったらしい。だからその時の旅行も、凪たちが決めたって言ってた」
姉──…
「船に乗るのも初めてじゃなかったから、凪は1人で海を見てたみたいで…。けど、船酔いか貧血か。それが原因でふらついて、凪が船から落ちた」
おちた…。
「凪が船の手すりに頭をうったらしい。それで落ちたんだと思う。──手すりに凪の血があったし、船に戻った凪の頭からは血が流れてたって言ってたから」
きっと、いつも潮くんが私に説明する時に言っている頭をうって記憶喪失になった、というのは、この事だろうと思った。
「凪は気を失ってて、姉が見つけた時にはもう凪は海の中だったらしい。凪を助けるために、姉も海へ飛び込んだ。姉の叫び声に気づいた父親も、凪を助けるために海に飛び込んだ」
姉と父が海に、私を助けるために。
「幸い、凪はライフジャケットを着ていたからすぐに船に乗せることができたみたいだけど──…、凪が頭から血を流していたから。両親はその手当に必死で。その途中で気づいたらしい。凪の姉が船に乗ってないことを」
もう、言われなくても、分かった。
「まだ船は停まっていたままだったから、急いで父親がもう1回潜ったけど…」
そのまま姉は、見つからなかったんだと。
「──…俺のせいだって、自分を責めた父親はずっと探した、ずっと…。凪が病院に行った間もずっと…。もしかしたら今も探してるのかもしれない」
今も…。
そんなの。
もう──…
「意識を取り戻した凪がそれを知った次の日にはもう、記憶ができなくなってた」
記憶…。
「その夏の終わりに俺と凪が出会った。そこからは多分、凪の思い出している通りだと思う」
潮くんと出会った──…。
「つまり、私は自分の家族を殺したってこと…?」
「違う」
「私が落ちなかったら…」
「凪、そんな考え方は絶対にするな」
厳しく、鋭く、私に向かってそう言ってきた潮くんは、「絶対、そういう考えはするな」ともう一度深く呟いた。
そういう考え…。
私が、2人を殺したと?
──…お母さんはいったい、どういう気持ちで、毎日を過ごしていたんだう。
娘に、娘と夫を殺された、なんて…。
「2人は凪の事が大事だったから、大切だったから守った。今はそれだけを考えればいい」
「…そ、れだけ…」
「凪はもう、充分苦しんだ。毎日毎日不安な日々で、ずっと苦しんでた」
毎日毎日、記憶が無くなる不安な日々。
ずっと苦しんだ日々…?
「もういいんだ、凪は自由になっても」
…自由?
「自分を許していい」
許す…。
「もう、解放してもいい」
解放…。
「凪は幸せになってもいい」
幸せ……。
「1回、凪が俺に好きだって言ってくれた時、凪は一瞬気を失って寝てないのに記憶を失ったことがある。──それも、凪自身が幸せになることを許してないからだと思う」
その時の記憶が分かる私は、潮くんの手を強く握りしめた。
「凪は事故のことを忘れたいと思ってるわけじゃない、自分自身の罪があるから忘れてしまう」
「罪…」
「愛してる、凪…」
「……──っ…」
「7年間、頑張ったな」
──頑張った
──7年間、
「ここにいていい。どこにも行かなくていいんだ。凪のお母さんもそう願ってる」