どうしても君に伝えたいことがある
第4章 暗闇

 私は教室に行くことなく中間テストを迎えた。ゲームを封印したからか、結構手応えはある。どの教科も同じくらい手応えはあって、少しテストが返ってくるのが楽しみ。今日から久しぶりにゲームを思う存分出来る。それに吉野がどれだけゲーム上手くなってるのかも気になる。でもリズムゲームよりギャルゲーやってたんじゃないかな、なんて考えながら給食を取りに行く。

 
 廊下にはもう吉野がいて、給食を持ってくれていた。「吉野、テストどうだった?」と聞くと「聞かなくても何て返事が返ってくるか分かってるだろ。」と苦笑いで言う。「そんなこと知ってるけど、一応だよ一応。」と宥めるように言う。
「分からなすぎてほとんど寝てた。静かでいい睡眠時間になった。でも全部てきとーに書いた。」
自信満々な顔をする吉野。それに対して私は
「いや、それでいっつも赤点だったんでしょ。吉野は運ないから、過信するだけ無駄無駄。」と事実を言った。

 給食を運びながら吉野が「明日にでもテストが終わったことを祝おうよ。」と言ってきた。「いや、吉野何もしてないじゃん。」と笑いながら言う。
「まあいつも通りだったんだけど。どうせ矢島は頑張ってたんだろ?イベントの順位見てたら勉強してたの分かった。」
そういうのでバレてるのが何というか私たちらしい。「じゃあ明日、どっか帰りに寄ってく?」と私は賛成した。「なんか食べたいもんは?」給食運びながらご飯の話されてもな、と思いながらも私は答えた。「甘いものがいい、ドーナツとか。」ドーナツは単なる例だったけど「いいじゃん、俺も食べたい。ドーナツで決まりね。」と決まった。

 私は電車と徒歩通学だけど、吉野は自転車通学だから、どうするっていう話になった。私たちの家の近くには特に何もないから、帰るまでの駅で降りて近くのドーナツ屋さんに行くしかない。吉野は明日だけ電車と徒歩通学にするらしい。「じゃあまた明日ね、ちゃんとお金持っておいでよ。」と吉野に言っておく。「それくらい分かってるって、明日はゲーム対決な。じゃあな。」と吉野は言うが、忘れてきそうな気がして心配だな。


 今日の放課後は、吉野とドーナツを食べて帰る。誰かと寄り道するなんて中学生になってから初めてで、嬉しい。中間テストは教科数が少ないから、1日も経てばテストは全部返ってきた。どれも80点は超えてるから、順位もいいはず。高校に入って最初のテストは散々な結果だったから、いい点取れて良かった。横山先生はテストの結果にすごく喜んでた。授業に出てる生徒よりもいい点を取ってるし、平均点よりも全然上の点だから。でも教室に行かないと成績はつけにくいってやっぱり言ってた。


 放課後になって、私はいつもよりも遅い時間につばきを出た。いつもなら生徒に会いたくなくて早く出るけど、今日は吉野と待ち合わせをしてるからいつも通りだと早すぎてしまう。外はちょっと暑いから、つばきで待たせてもらう。約束時間の5分前につばきを出た。靴を履いて、待ち合わせ場所の正門に行く。生徒が帰る時間帯で、正門までもだし正門で待っている時もたくさんの生徒に会った。

 正門に着いて、スマホを確認する。校内でスマホは使えないから、メッセージは来てないと分かってるけど一応ね。あの吉野だし、なんて思っていると「もっとギリギリに来れば良かったのに。あんまり生徒と会いたくないだろ。」
優しい声が聞こえた。「別にいいよ、同じ学年の人くらいしか私のことなんて知らないだろうし。」と返す。「それならいいけど、じゃあ駅まで行くか。」と少し歩きながら言った。

 吉野は入学してから初めて、電車と徒歩で登下校するらしい。吉野は自称風邪ひかないらしいので、どんなに雨でも自転車で通っているとのこと。だから駅から田西までがこんなに遠いなんて知らなかったらしい。「すごいな、矢島。こんな距離毎日歩いてるんだ。」って私のこと褒めてくれるけど、
「吉野は家から田西まで自転車でしょ?そっちの方が全然距離あるし。」と私は吉野を褒めた。絶対に私には無理だしなと思った。かなりの距離があるのに、しかも雨の日も自転車通学なんてなかなか出来ることじゃない。


 電車に乗って、私たちの最寄駅の5つほど手前の駅で降りる。そこから歩いてすぐに、ショッピングモールと言うほどの大きさでもない商業施設がある。その商業施設の中にドーナツ屋さんがあって、そこに私たちは行った。私は甘いものが無性に食べたくて、ドーナツ3つにオレンジジュースを注文した。席に行くと先に注文してた吉野は、ドーナツが1つ乗ったトレーを机の上に置いていた。私は机の上にトレーを置いて、吉野の正面に座った。

 吉野は私が置いたトレーを見て笑いながら言った。「甘いもの好きなんだな。晩ごはん食べれなくなるぞ。」「好きだよ。大丈夫、時間経ったらすぐお腹減るし。食い意地だけは自信ある。」なんて自信満々に言った。すると吉野は更に笑った。そして私たちはドーナツを食べ始めた。ゲームもしようと思ってたけど、普通に話すことが多すぎてする時間はなかった。思ったよりも遅い時間まで話し込んでしまって、帰る時間がお父さんよりも遅くなりそう。


 少し急いで駅まで行って、最寄りの横沢駅で別れた。吉野の家はほんとに駅の真っ正面にある。駅まで徒歩1分もかからないから、ちょっと羨ましい。私は駅から少し急いで帰った。もうお父さんは帰ってると思うけど、今の時間帯ならシャワーを浴びてるかもしれない。そうだったら顔を合わせなくて済む。

 ドアをなるべく静かに開けて、玄関に入る。なるべく静かにとはしたものの、築年数が結構経っているせいか錆びついた音が響いてしまう。急いで靴を脱いでいると、父がリビングから出てきた。そして汚いものを見るようにして、私を見て言った。

「お前は学校にもろくに行ってないくせに、どこほっつき歩いてるんだよ。お前は自分のことが恥ずかしいと思わないのか。近所の人に『娘さん学校行ってないんですか?』って言われた時どれだけ恥ずかしい思いをしたことか。普通の高校に進学するって安心したが、中学の頃と何も変わってないじゃないか。お前はあの頃からずっとこの家の恥晒しなんだよ。」

 我慢しようとしたけど涙を止めることは出来なかった。ただただ下を向いて泣くだけで、父の顔は見れなかった。するとお母さんが出てきて
「お父さん、そんな言い方しないでよ!渚は渚なりに頑張ってるの、どうして分かってあげないの。」なんて声を荒げて言う。
「お前は黙ってろ、これは渚自身の問題だ。そうやって甘やかすから、こんなふうに渚は育ったんだよ。」
と私のせいでお母さんも否定されてしまって、私は耐えきれなくなった。そして私はその場にリュックを投げて、ドアを開けて勢いよく飛び出した。

 泣きながら走って公園に向かう。公園に着くと、息切れと涙で嗚咽が止まらなかった。握りしめていたスマホを見ると、吉野からの「無事に帰った?」というメッセージが表示されていた。更にそのメッセージで涙が止まらなくなり、メッセージのアプリを開いた。そして吉野に「もう家に帰りたくない」と震えながらメッセージを送信した。するとすぐに吉野から通話がかかってきた。

 応答というボタンを押して、スマホを耳に当てる。私は涙が止まらなくて、うまく喋れなかった。吉野に泣いてることはすぐバレただろう。「矢島、お前今どこにいる?」と落ち着いた声が聞こえてきた。「いつもの、こうえん」としゃくりあげながら、話した。すると吉野は
「待ってろ、今からそっち行くから。通話このまま繋げたままにしとけ。絶対に切るなよ。」
と言い、スマホからガチャガチャという音が聞こえた。急いで吉野がこっちに来てくれるのが嬉しくて。私は涙が全然止まらない。「おい矢島、ちゃんと呼吸しろよ。」と気にかけてくれてて、うまく呼吸をしようと頑張る。

 吉野が通話を切らないでいてくれるから、変なことを考えないで済む。ただただ私は嗚咽を繰り返しながら、泣くことだけしか出来ない。「もうすぐ着くから!」という吉野のいつもより焦った声が聞こえて、すぐに吉野は公園に来た。私は下を向いてて、吉野が近くに来るまでその姿に気づかなかった。そして吉野は私のスマホを見て、
「もう来たから、大丈夫だからさ。通話切れよ。俺は隣にいるから。」と言った。私はその言葉に安心して、通話を切った。

 吉野はただ私の隣にずっといてくれた。私の泣いている様子をただただ見てるだけで、理由なんて尋ねてこなかった。私は少し落ち着いてから、「ごめんね、ごめんね。」と吉野に謝った。「何で謝るんだよ、何も悪いことなんてしてないだろ。」と優しく声をかけてくれる。

 私は吉野に自分のことを話そうと思った。なんというか誰かに聞いて欲しかった。中学のことと、それから家のこと。この悩みは誰にも話したことなかったし、話すこともないと思ってた。でも吉野ならなぜか話せるし、聞いてほしいとも思った。

 「吉野、私の話聞いてくれる?」と尋ねると「あぁ。」とだけ返事が返ってきた。それから私は話し始めた。せっかく仲良くなれたのに、もしかしたら嫌われてしまうかもしれないけど。仲が良いから知っててほしい、私のことを。

 「私が中学の頃、不登校だったのは知ってるでしょ。私小6の2学期くらいから体調がだんだん悪くなって。夜全然寝れなくて、朝起きるのが難しくなっていった。あとは目眩とか吐き気が酷くて。思春期の頃になる病気だから、歳を重ねるごとにその症状は軽くなるんだけどね。」

吉野はずっと相槌を打ちながら、静かに私の話を聞いてくれてた。

「遅刻したりするにつれて、学校行きにくくなっちゃって。小学校の時は友達がいるからって思って、頑張って通ってた。
でも中学になってから症状はもっと酷くなっちゃって。睡眠薬とか飲んでも全然寝れなくて、結局朝全然起きれなくて。無理矢理お母さんに起こしてもらって、遅刻して学校に行ってた。入学して最初は近所の同級生と一緒に行ってたのに、だんだんと私は一緒に行かなくなった。毎日お母さんが集合場所に行って、その同級生に遅れるからって伝えてくれてた。そのことに罪悪感を覚えて、私はその同級生に『もう一緒に行かなくて大丈夫だから。』と断りの電話を入れた。
その電話をしたあと私は悔しくて泣いた。どうして眠りたいのに眠れないのか、朝起きたいのに起きれないのか。ただただ自分が嫌いになっていくだけだった。

 
 中学に入ってから色々と嫌なことが重なって、行きたくなくなった。小学校の時とは全然環境が違って、クラスには仲良い子はいなかった。仲良い子と同じ部活の演劇部に入ったものの、人前に出るの嫌いだから憂鬱だった。先輩は厳しくて怖いし。美術の先生は怖いし、体育は休みにくいし。遅刻したり休んでたら、授業にはついていけなくなる。

 こういう小さなことなのかな、私にとっては1つ1つがすごく嫌だった。それが積み重なって、学校に行かなくなった。それからお母さんは無理やり学校に行かせようとするし、取っ組み合いになってまで行かせようとしてた。毎日声を荒げて、泣きながら喧嘩してた。何で学校に行かないのかという理由を尋ねられても、上手く答えれなかった。ただ嫌だとしか、行きたくないとしか言えなかった。


 別にいじめられてるわけじゃなかったし、明確に行きたくないという理由はなかった。『行きたくない、嫌だ』っていう感情がどうしても離れなかった。学校に行こうと制服を着たりすると、吐き気や腹痛がして学校へ行くと言う行為がしんどかった。そのうちお母さんには、今説明したみたいに話したの。病気のせいにしてるみたいで、私は甘えてるって思ったけど、お母さんはそんなこと言わなかった。

 
 ただただ泣きながら話す私のことをね、ギュッと抱きしめてくれてたの。それでお母さんは泣きながら『ごめんね、ごめんね。渚の気持ちを全部分かってあげられなくてごめんね。』ってずっと謝ってた。その気持ちが嬉しくて、お母さんに謝らせてることが悔しくて。私の心の中はぐちゃぐちゃだった。

 お母さんはその頃から、無理やり学校へ連れて行ったり、学校に行きなさいって言うことはなくなった。そのことが私の気持ちを軽くしてくれた。学校に行かなきゃいけないなんて、そんなの自分が1番分かってる。でもできないし、行けない。だから学校へ行きなさいって言われるたびに、胸が押しつぶされそうだった。

 でも父と兄だけはずっと私のことを分かってくれない。今でもね。中学の頃から何度も『お前は甘えてる、なんで学校に行かないんだ』って言われてきた。もう慣れっこになっちゃったけど。初めて言われた時はすごい辛かった。この世から消えたいくらい。私はいても意味ないのかもって。学校に行ってない私が恥ずかしいんだって。恥晒しだって言われて、今日は耐えられなかった。私は私なりに頑張ってるのに、なんで、なんでって。」

 父が恥晒しと言った声と目を思い出して、またしゃくりあげてうまく話せなくなってしまう。どうして父や兄には理解してもらえないんだろ。私はあの家に居場所があるのかな。

「矢島、俺は分かってるから。お前が頑張ってること。好きなゲームを我慢してまで勉強してたのは、お父さんに認めて貰いたかったからだってことも。十分頑張ってるから、お前はそれ以上頑張るな。」

 吉野の表情は見たことないくらい真剣だった。頑張れじゃなくて頑張ってる、頑張るな、なんて初めて言われた。その言葉が嬉しくて、嬉しくて。頑張ってきたことを分かってくれる人はちゃんと隣にいてくれる。家ではお母さん、学校では吉野っていう強い味方がいる。私は居場所がないんじゃないかなんて思ってたけど、そんなことなかった。

 みんなが分かってくれなくても、誰か1人でも私のことを分かってくれる人がいる。そう思うと私は強くなれる気がした。

「吉野、ありがとね。」と涙でくしゃくしゃの顔で、私は笑った。
「ちょっと時間経ったから、お父さんも少し落ち着いてるんじゃないか?そうじゃなかったら仕方ないとしか言えないんだけど。お母さんも心配してるだろうし。」

ちょっと暗くなってきたから確かにそろそろ帰ったほうがいっか。スマホを見ると、お母さんからの着信とメッセージがたくさんきていた。家を飛び出してから何も連絡してなかった。
「だよね。ごめん、お母さんから連絡きてたから、ちょっと返信するね。」と吉野に一声かけて、お母さんに『今から家に帰るね、ごめんなさい。』とメッセージを送った。すぐにお母さんから『了解、気をつけて帰って来てね』と返信が来た。

 「吉野ごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって。」ベンチから立って、吉野に向いて頭を下げる。吉野もベンチから立って、
「俺に気なんか遣うなよ、っていうかいつも遣ってないだろ。矢島は謝りすぎなんだよ。」
と優しく言った。それに対して私は「確かに、吉野に気を遣ったことないかも。ありがとう。」といつものふざけた調子で言った。こうやって冗談を言い合えたりする関係っていいなと、改めて思った。

 「じゃあまた明日な、休んだらまた公園に呼び出すから。」と手を振りながら言った。「了解、じゃあね」と私が公園を出るまで、吉野は私のことを見送ってくれていた。

 
 吉野にはあんな風に言ったけど、家に帰るのがすごく怖い。だけど、お母さんは心配してるし。もし帰らなかったとしても何も解決にはならない。また私は逃げ続けるだけになる。だから勇気を振り絞って、玄関のドアを開けた。するとお母さんが玄関で私の帰りを待ってくれていた。私のスッキリした顔を見て、お母さんは何も追求してこなかった。ただ「おかえり。お父さんはもう寝室に上がったから、安心してお風呂に入っておいで。」とだけ言って、リビングへと戻って行った。

 私はお風呂に入りながら、中学の頃を思い出していた。お母さんにも先生にも、無理やり学校へ連れて行かされそうだった時のこと。どうして嫌だと言ってるのにそれが伝わらないのか、とずっと思ってた。先生は実際のところは、クラスに不登校がいるということが良くないから私に学校に来るように言ってたのかもしれない。でもお母さんは周りの目とかを気にして言ってたんじゃなくて、わたしの将来について考えてくれていたから言ってくれてたと今では分かる。

 お母さんの表情を見ると、父と喧嘩したんだなってのが分かった。私が原因でお母さんと父は、ここ数年よく喧嘩している。私のせいでお母さんは父に責められても、私を絶対に庇ってくれる。お母さんに悲しい気持ちをさせてることが悔しい。この前もスーパーで、お母さんに悲しい気持ちをさせてしまったし。私に今できることってなんなんだろ。

 湯船の中で少し考えすぎてしまった。ちょっと目眩がする、のぼせてしまったみたい。湯船から出て、お風呂の椅子に座って休憩する。休憩してからゆっくりと立ち上がって、お風呂から出る。今日は色々と疲れたから、早めに休もう。


 ベッドに寝っ転がってたら、いつのまにか寝ちゃってた。朝まで1度も起きなかったな。寝すぎな気もするけど、熟睡できたみたいでよかった。今日は気合い入れて学校に行く。金曜日だし、今日頑張れば明日はゆっくりできる。頑張ろと自分で自分を応援する。


 学校に着いてつばきに入ってから、今日の時間割表を見た。そしてつばきの先生に、「2時間目の授業、教室で受けて来ます」と言った。横山先生の授業だし、前受けた感じと変わらないはずだし。
「横山先生にそれ伝えると絶対喜ぶよ!職員室に行って横山先生に言ってくるね。」
と言う。朝の時間は私のクラスで英語を担当している女の先生だ。いつもノートを提出すると、丁寧に解説を書いてくれたりする。テスト前は出やすい場所とか、どういう勉強をしたらいいか、わざわざつばきまで来て教えてくれた。

 先生は優しいし、大丈夫かな。「先生の5時間目の授業も受けにいっても大丈夫ですか。」と尋ねた。すると先生はぴょんぴょん飛び跳ねるように喜んで「いいに決まってるよ!おいで、おいで!」と言った。かわいくてつい笑ってしまう。今の私に出来ることは、教室にちょっとずつでいいから行くことだと思う。授業中は誰も話しかけてなんてこないし、グループワークがない限り大丈夫なはず。先生だって配慮してくれるし、大丈夫。今日からちょっとずつ、体育は無理だけど、行ける教科を増やしていこう。そうしたら父に私の頑張りが伝わるかもしれない。ちょっとでもいいから、伝わればいいな。

 そんな簡単に伝わったら、苦労はしてないんだけどね。中学の時不登校だったのに比べたら、今の私は学校に毎日行ってるだけ成長したけど。こんなことじゃ父は褒めてもくれないし、何も認めてくれない。「普通」に今すぐ戻ることは難しいから、ほんとにゆっくりだけど。


 英語の先生がすぐに職員室に行って、横山先生に伝えてきてみたい。その先生と横山先生2人が、つばきにすごい笑顔で入ってきた。そして横山先生は「前みたいな感じで授業進めるから、安心して受けにきてくださいね。」と言ってくれた。英語の先生も私と横山先生の会話を聞きながら、うんうんと頷いている。配慮してくれるってことだろうな。2人の先生は私が教室へ行くってことで、盛り上がってた。そんなに喜んでもらえてよかった。


 前ほどは緊張していないみたい。1時間目の自習もちゃんと集中できてる。吉野がいるし、隣の席って分かってるからか心強い。今回はちゃんと授業中の話聞いて、ノート取ろ。吉野に構ってたら全然内容入ってこないんだもん。教室に行くことも大事だけど、真面目に受けて授業態度良くしないとね。それで成績上げなきゃいけないから。


 1時間目と2時間目の間の休み時間になった。前は横山先生と一緒だったけど、今回は1人で行きますって言った。横山先生と一緒だと更に注目されてしまうから。だから前よりも遅い時間に教室を出ることにした。前は早すぎて、休み時間がしんどかったからな。吉野がいるとは分かってるけど、授業受けることで手一杯だから。ほどほどに、頑張りすぎないようにする。

 今から出たら授業2分前くらいには教室に着くはず。教科書やノートと、小説を持って、つばきの先生に声をかけて教室を出た。廊下には生徒がいっぱいいる。移動教室やトイレに行っている生徒。やっぱり横山先生が隣にいないから、前みたいな視線は感じない。でもやっぱり、1年生の教室が並んでる廊下では注目されてしまう。なんでみんな私が教室に行ってないって気づくんだろ。下を向いて歩くんじゃなくて、今回は堂々と前を見て歩く。私は何も悪いことしてないから、堂々としてればいい。とは言うものの、視線が痛い。

 私は教室の後ろの引き戸に手をかけて、開いた。一気に私の方へと視線が集まるが、気にせず閉める。そして1番奥の私の席へと座る。隣の席に座っている吉野はすごく驚いた顔をしていた。そして「びっくりしたー、来るって言えばよかったのに。」といつもの笑顔で言ってくれた。
「直前まで行くか悩んでたから。言っといて行かないなんて、格好悪いじゃん。」と私は苦笑いしながら言っ。本当は格好悪いって思われるんじゃなくて、重荷になるのが嫌だった。

 中学2年の時、先生たちの配慮で小学生の頃仲良かった子と一緒のクラスにしてもらった。演劇部に入ろうと誘ってくれた子だった。でも中学1年の間は全然メッセージのやり取りとか、遊びに行ったりだとかはしなかったけど。それでも、私にとっては唯一といっていいほどの友達だった。その子からしたら私は1番じゃないだろうけど。

 その子は同じクラスになってから、私にたくさんのメッセージをくれた。その内容は『学校へ来て』とか『教室で給食食べよう』っていうものだった。最初はすごく嬉しかったけど、だんだん重荷になっていった。誘ってもらって『頑張って行くね』なんて返信しても、私は次の日になるとどうしても行けなかった。そして行けなかったことに謝って、その子からは『来るって言ったじゃん』という返事が来てた。全然約束を守れない自分自身が嫌いになっていった。そして、その子においでと言われる度に返事に困るということも嫌だった。行けないから「行く』なんて返事しても、結局その子の期待を裏切るだけだった。

 その子からしたら、別に1番仲良いわけでもないのに。小学校の頃から仲が良かったということで、私にメッセージを送ったり、給食を持って来たりなど。先生に頼まれてしていたことだと思う。それでも何回誘っても、学校に来ない私にはイライラしてたと思うな。良かれと思って誘ってくれたのに、申し訳ない。私が断り続けて、その子からいつのまにかメッセージが来ることも無くなった。


 だから事前に行くって言っておいて、行けないっていうのは私自身の重荷になる。だから言わずに、行ける日だけ行くことにしようと思う。吉野は私の苦笑いを察してか
「頑張りすぎるなって言ったばっかりだしな。矢島がいつ来るか分からないから、ズル休みできなくなるな。俺がいないと困るだろ。」
と冗談っぽく言う。吉野は冗談で言ってるんだろうけど、図星なんだよな。吉野がいないと困るもん。私は吉野がいるから教室に来てるんだよ、なんて言えるわけもなくこの気持ちは胸の中にしまっておく。


 冗談を言い合っている姿を、クラスメイトたちが驚いた様子で見ている。男の子の1人が
「なになに、お前らもしかして付き合ってんじゃないの?だから矢島は教室来たんじゃないのか。」
なんて茶化したように言ってきて、私はあからさまに嫌な顔をしてしまう。ついその男の子を睨んでしまった。そんな表情を見て吉野は
「付き合ってねえよ。矢島は教室に来たくなっただけだから来ただけだよ。」とサラッと流した。そしてすぐにチャイムが鳴って、男の子は去っていった。吉野とのふざける感じは好きだけど、こういう男の子の茶化すような雰囲気は嫌い。

 すぐに先生が来て、授業が始まってしまったので吉野にお礼を言う時間がなかった。だからノートの端を破って、『ありがとう』とだけ書いて吉野に渡した。吉野は私の気持ちを真っ先に分かってくれる。何度それに助けられたか分からない。今回のも私と吉野はそういうのじゃないからって思ってしまう。勝手にそういう風に想像されて言われるのは嫌だ。吉野からの返事には
『まあ事実を言っただけだし。矢島はすぐ表情に出るから、分かりやすい。』と書かれていた。やっぱり私はすぐ顔に出るんだなって、改めて実感した。

 メモをペンケースにしまうと、吉野は私が真面目に授業を受けると伝わったのかゲームを机の中から取り出した。吉野のテストの結果を見たけど、とてもじゃないけど悲惨だった。全部解答欄をうめたなんて言ってたけど、運良く当たった分の点数くらいしかなかった。吉野こそ真面目に授業受けなきゃいけないんだろうけど、授業中にゲームを真剣にやっている姿を見るのは面白いからやめないでほしい。今回は新型機種の携帯用ゲーム機を持って来ている。それで最近発売されたばかりのRPGをプレイしてるみたい。授業に出てるだけ私よりもは偉いか。


 やっぱり授業を受けるのと、1人で教科書やワークを進めるのじゃ全然違うな。横山先生はビクビクしてて頼りないって思ってたけど、授業はちゃんと進めてるし、結構分かりやすい。横山先生の授業は毎回受けに来ようかな。そしたら毎日教室に来ることになるし、吉野がなんのゲームしたりしてるか見れるから。

 問題を解いたり、吉野のゲームしている姿を見てるとすぐに授業は終わった。さっきみたいにからかわれるのが嫌だから、前みたいに教室からすぐ出てしまった。吉野には伝わってるだろうし、またお昼にも5時間目にも会えるから。


 給食を取りに行こうとしてたら、つばきと私達のクラスがある棟を結ぶ渡り廊下で吉野に会った。吉野の手には給食の乗ったおぼんがあって、私は吉野のもとへ駆け寄って言った。「もしかして私遅すぎた?」「矢島は多分いつも通り。からかわれるのが嫌かと思ってこっちまで持ってきた。」吉野は私のことを私よりも分かってるんじゃないかな。ほんとは、さっきみたいにからかわれたら嫌だなって思いながら教室に向かってた。「吉野はどれだけ私のこと分かってんの、ありがとう。」と今日1番の笑顔で言った。

 それから吉野とつばきの近くの廊下で話してた。そして今日からは毎日そうしようってことも。からかわれるのが嫌だろうから、休み時間はなるべく喋らないようにしようとも。その代わりに手紙の交換をしたり、家に帰ってメッセージ送ったりしようってことになった。私のためにそこまでしてもはって申し訳ないけど、吉野には謝ると注意されるから、お礼だけ言った。

 そして5時間目もクラスで授業を受けに行った。授業が始まるギリギリに行って、なるべく教室にいる時間を少なくした。吉野にはまた言ってなかったから驚いてた。その顔を見るのが楽しいから、行くって言わないようにしよってもっと思った。吉野にも聞くと「俺もそっちの方が面白いから。いつ来るのか楽しみにしてる。」なんて答えが返ってきた。吉野らしいし、その優しさに私はとても救われた。いつでも来ていいよと、遠回しに言ってくれているような気がした。
< 4 / 10 >

この作品をシェア

pagetop