どうしても君に伝えたいことがある
第7章 風月
季節はすっかりもう冬。登下校も寒くて、タイツやマフラーが無いと生きてけない。クリスマスと冬休みが近づいていた。相変わらず私はクラスに馴染めていない。逆にもう馴染めているのかもしれないと思うくらい、私はクラスの中で空気みたいになっていた。もう誰も私に対して興味は無いらしい。
クリスマスと同じ日に冬休みは始まる。クラスのみんなは、クリスマスが近づいて盛り上がっている。もしくは普段通り部活があるとか、デートに行くとか話している。私はというと、家族で24日にクリスマスパーティをする予定。
24日は家でお母さんとお父さん、おじいちゃんおばあちゃんと過ごした。クリスマスだけど、私の大好物のお寿司を食べた。その後に、いちごのタルト1ホール食べた。お母さんが6等分に分けてくれて、私は2切れ食べた。クリスマスの特番をテレビで見たりして、すごく楽しかった。おじいちゃんおばあちゃんからは、クリスマスプレゼントに二つ折りのお財布を貰った。クリームイエローでとてもかわいい。おじいちゃんとおばあちゃんは久しぶりにお泊まりした。おばあちゃんと一緒に寝て、すごく温かった。
次の日の午前中におじいちゃんとおばあちゃんは帰った。年末年始はおじいちゃんたちの家で過ごすから、またすぐに会える。今日は特に予定もなく、リビングのこたつでゴロゴロと過ごす。お父さんは年末ギリギリまでお仕事で、お母さんとゴロゴロしている。お母さんと私は、小さい頃から毎年恒例の映画を見る。映画を見終わるとやることなくて、スマホのアプリゲームで遊ぶ。ゲームの中もクリスマスムードで、街とかもこんな感じ、いやもっとすごいんだろうなと思う。
ゲームしたり、動画を見ていると吉野から「今日時間ある?」と連絡が来た。私は「ある、むしろ暇だったから助かる。」と返事をした。パジャマでゴロゴロしてたから、急いで準備を始める。「どっか行くの?」とお母さんに尋ねられて「友達に会いに、公園行くから。」と答えた。外は寒いだろうからと、お母さんにカイロを渡される。絶対寒いから厚着してこ。「準備できたらまたメッセージして、俺いつでも行けるから。」と連絡はきていたものの、急ぐ。洋服を悩んだり、前髪を巻いたりといつもよりも丁寧に素早く終わらせた。吉野の家から公園まで私よりも遠いから、早めに「もうすぐ出る。」というメッセージを送った。
ダウンジャケットを着て、ブーツ履いて、マフラーをつける。完全装備で玄関のドアを開けた。寒すぎる。カイロを握りしめて、公園まで歩く。寒いから自然と早歩きになる。そしていつものベンチで吉野を待つ。クリスマスだけど、公園には全然人がいない。クリスマスだからなんだろうけど。そんなことを考えてると「ごめん、待たせて。」と吉野は息切れしながら言った。「いや、私が早く来すぎただけ。寒くて気づいたら歩くスピード早かった。」私は笑った。吉野はコートのポケットから、小さなペットボトルを2本出した。「お詫びに、ほうじ茶と抹茶ラテどっちがいい」とラベルを見せるように尋ねてきた。「待って、どっちも好き。じゃあ抹茶ラテ。」と答えると、吉野は抹茶ラテを私に渡して、ベンチに座った。
カイロをポッケにしまって、抹茶ラテを握りしめる。カイロとは違って大きいから、両手全体があったまる。そんな姿を見て吉野は「そんな寒かった?ごめん、もっと他の場所で会うべきだったよな。」なんて謝ってきた。「寒いけど、ここがいいから。やっぱりここが落ち着くよ。」と微笑みながら言った。どんなに寒くても暑くても、私たちが会うってなったらこの公園だと思う。「そっか。それならよかった。」と吉野も笑った。そして吉野は「ちょっと待ってて。」と自転車の方へと小走りで向かった。こっちの方へ戻って来ている吉野は、両手を背中の方につけていて、何か隠してるみたい。
そしてベンチの前に来て、「じゃーん。」という効果音付きでケーキの箱が私の目の前に出てきた。「え、ケーキ!」と私は驚いた。「そ、クリスマスだからさ。ぽいことしたいじゃん。」と吉野は顔を傾けて言った。すごくクリスマスっぽい、家族でケーキを食べるのもクリスマスなんだけど。こうやって2人でケーキを食べるのは、もっとぽい。ドラマとか漫画とかでよくあるシーンだから、憧れてた。そんなことを考えている間に、吉野はまたベンチに座ってケーキの箱を開けていた。
その箱の中には、小さめのホールケーキが入っていた。レアチーズケーキで、上には生クリームにいちごが乗っている。「めっちゃおいしそう、こんなにいいの?」と目を輝かせて言った。
「ホールケーキを切り分けずに、そのままフォークで食べてみたくてさ。でも流石に俺だけだと無理だから、手伝ってもらおうと思って。」
そんな優しい答えが返ってきた。どこまで本当なのか分からないけど、私への優しさも少なからずあると思う。吉野の場合は、ほとんど私のためな気もするけど。そんな吉野の気持ちも嬉しくて、「ありがとう。」と伝えながら自然と笑顔になった。
吉野が買ってきてくれた抹茶ラテを飲みながら、2人でホールケーキを食べる。私もホールケーキを、切り分けずに食べるのは初めて。なんかいけないことをしているような、特別感があるというか、美味しい上に楽しかった。吉野も甘いものが好きだから、結構な量を食べてる。私の手伝いなんかなくても、この大きさは食べれた気がする。ホールケーキを食べ終わると、達成感と満腹感に襲われた。2人でベンチにぐったりと座って、しばらく立ち上がらずにグダグダ話していた。
しばらくゆっくりして、寒さが酷くなってきたので帰ろうって話になった。公園で過ごすクリスマスっていうのはすごく新鮮だけど、私たちにぴったりだとも思った。クリスマスムードも何もない公園で、クリスマスらしいことをする。こんな経験なかなかできないと思う。吉野が誘ってくれなかったら、家のこたつでゴロゴロして過ごしてただろうな。吉野はいつも私に色んな世界を見せてくれる。何度お礼を言っても、吉野には頭が上がらないな。
そのまま冬休みが過ぎて、新年になった。あと何ヶ月かすれば高校1年生も終わる。2月になると高校3年生は自由登校になり、校舎はいつもより生徒が少ない。それでも教室はバレンタインの話で賑やか。義理チョコでいいから欲しいなんて男子が言って、女子は軽くあしらっている。私もバレンタイン、お父さんに何作ろうかなと考え始める。無難にガトーショコラとかでいいかな。吉野にもお世話になってるから、渡そうかななんて悩む。それに吉野はバレンタインデーの1週間後がお誕生日だから。ついでにお誕生日プレゼントってことで渡そうかな。
今年のバレンタインは土曜日だから、吉野に渡すなら平日の方がいいかなと思って、「明後日、学校終わってから公園で会える?」というメッセージを送る。メッセージの返事を待つのはなんか緊張するから、お菓子作りを始める。ガトーショコラの生地を作って、型に流し込む。オーブンに入れたところで、洗い物をする。洗い物が終わって、スマホを確認した。吉野から「いいよ。じゃあ5時集合で。」と返事が来ていた。ホッとして、「了解。」とだけ送った。
お父さんに明日ガトーショコラを食べてもらって、味見してもらう。おいしくないって言われても、最悪作り直す時間はある。美味しいみたいだったら、明後日までガトーショコラを冷やして渡す。冷やした方がしっとりして美味しいし。そんな風に考えてると、オーブンの方から音が鳴って、焼き終わったみたい。
オーブンを開いて、ガトーショコラの様子を見る。見にくいから、火傷しないようにミトンを手につけて天板ごと取り出す。中の方まで火が通っているか確認するために、ガトーショコラに竹串を刺す。それを抜くと、竹串に生地が付いていなかったから焼けてるみたい。側面が凹むのを防ぐために、型をテーブルの少し上の位置から落とす。粗熱を取るために、天板の上から型ごと取って、網の上に乗せる。そして、何時間か放置する。
リビングでゴロゴロして、キッチンに置いてあるガトーショコラを触ると、粗熱が取れていた。そのまま冷蔵庫で冷やす。いつも作っているレシピだから、失敗しないとは思うけど人にあげるとなるとちょっと心配。
次の日家に帰ってすぐに、冷蔵庫からガトーショコラを取り出す。そして型から外す。いつもケーキを外す時が緊張する。バター塗ったから綺麗に取れてよかった。8等分に切るために、包丁を温める。切るのは苦手だから、お母さんに手伝ってもらう。綺麗に切れて良かった、流石お母さん。今日食べそうな分だけ、常温にするために冷蔵庫の外から出しておく。吉野にあげようと思っている2切れは、ラップをかけて冷蔵庫にまた入れておく。
晩ごはんを食べ終わった後少ししてから、ガトーショコラに粉砂糖をふりかける。そして大きいお皿のままテーブルの上に運ぶ。「はい、バレンタインのケーキ。」とみんなの席の真ん中くらいに置いた。お母さんはスマホを取り出して、写真を撮ったり、「綺麗にできたよねー。」と言っている。お父さんはというと「これって何個食べていい。」なんて尋ねてきた。6切れあるから、と私は少し考えた。「私もお母さんも食べたいから、1人につき2切れで。明日食べてもいいし。」と答えた。そして、お皿やフォークを取りにまたキッチンの方へ行った。お母さんも手伝ってくれて、コーヒーやホットミルクを用意した。
お皿に取り分けて、それぞれ食べる。「うん、美味しい。」とお母さんが真っ先に感想を言ってくれる。お父さんは頷きながら無言で食べてる。お父さんはあんまり美味しいって言わない。基本的に普通が、美味しいくらいだと思う。食べる手が止まってないことから、美味しいと思ってくれてるんだなって嬉しくなる。お父さんは2切れ目も食べていたし。素直じゃないけど、行動はすごく分かりやすい。これなれ吉野に渡せれる。明日帰ってすぐにラッピングしよ。
待ち合わせの5時まで、あとちょっとだから急いでラッピングしなきゃいけない。冷蔵庫からガトーショコラを取り出して、とりあえず粉砂糖をかける。紙製のおしゃれなランチボックスを出して、その中にワックスペーパーを敷く。その上にガトーショコラを2切れ乗せて、プラスチックのフォークを入れる。蓋を閉めて細い水色の紐で、リボン結びをする。なんというか、張り切ってるみたいで恥ずかしい。だから麻紐でリボン結びをした。さっきよりかはマシだと思う。
時計を見るともうちょっと余裕はあるけど、吉野は基本的に早く来てるからもう出ていい時間くらいだった。制服の上からコートを着て、マフラーも着けて公園に向かう。ランチボックスを紙袋に入れて、「いってきまーす。」と家を出た。公園に行くまでにある自販機で何か買っていこうか。ホットの飲み物は何があるか見る。コーヒーは私飲めないし、吉野も飲めなさそうな気がする。ミルクティーとココアを買って、ランチボックスを気にしながら紙袋に入れる。
公園に入ると、入り口には吉野の自転車があってもう吉野がいることが分かる。ちょっと緊張しながら、吉野がいるベンチに歩いていく。この前の吉野みたいに紙袋を見えないように、後ろに隠して声をかける。「お待たせ。」吉野は「いつも思うけど、その格好寒そう。」と私を見て言う。スカートが寒そうってことだと思う。「ちゃんとタイツ履いてるから、吉野が思ってるよりは大丈夫だよ。」と言う。それを言うと男子は夏、ズボンで暑そう。
ベンチに座る前に「はい、いつもありがとう。それにちょっと早いけどお誕生日おめでとう。」と言って、紙袋を吉野の前に出した。吉野は「ありがとう。期待してたからよかった。」と笑う。「1つ年取るんだから、そろそろ大人になりなよね。」と困ったように言った。「んー、無理だな。」と言い吉野は笑う。その言葉を聞いて私は吉野の隣に座る。吉野が大人になれるわけないか。そして吉野は紙袋を開けて、まずミルクティーとココアを取り出した。「今回は吉野が選んでね。」と言うとココアを私に渡した。そして、ミルクティーをベンチに置いて、ランチボックスを取り出した。そして「開けていい?」とキラキラした目で聞いてきた。「どーぞ。」と笑いながら言うと、リボンを取って蓋を開けた。箱の中身を見てから、私の顔を見て「食べます。」という宣言をした。「はい。」と私もかしこまった返事を笑いながらした。
やっぱりこの場で食べるだろうから、フォークを入れておいてよかった。飲み物も買ってきてよかった。ガトーショコラというか、ケーキ全般喉乾くし。吉野はケーキを食べて「美味しい。まじで神。」なんて称えてくれた。大袈裟だなと思いながらも、吉野の表情を見ると心の底からそう思ってくれてるんだなって分かる。
「晩ごはん食べれなくなるといけないから、もう1個は残しときなさい。」お母さんみたいな口調で私は言った。「はーい。」と名残惜しそうな顔で返事をする吉野。
ケーキを食べながら、色んな話をする。教室で話せない分、公園で話す。メッセージで連絡を取るのも悪くないけど、直接会って話すのが好き。吉野の少し高い声を聞くのが心地いい。ケーキを食べ終わると、寒すぎるからって私たちは帰った。期末テストが近づいているから、しばらくは会えなくなるんだろうな。また期末テストが終わったらいっぱい話そ。
期末テストも終わって、短い春休みになった。春休みだっていうのに課題はあって、休みって感じがしない。春休み中に1度吉野と公園で会った。その時に私は、高校2年になったら普通に教室に行こうと思うって話をした。すると吉野は、「いつでもしんどくなったら、頼って。同じクラスかは分かんないけど。」と言ってくれた。私が教室に行きたいじゃなくて、行かなきゃいけないと思っていることを知ってくれている。だからこそこうやって、優しい言葉をかけてくれるんだろうな。
1年生が終わって、成績は副教科以外は結構良かった。でも副教科は、授業に出てないこともあってあまり良くはなかった。横山先生とも話して、推薦を貰いたいならもう少し成績を上げなきゃいけないって。でも主要教科は成績がいいから、あとは副教科を伸ばすだけって言われた。その為にも授業に出るのはやっぱり大事らしい。私には特に夢はないし、就職する気もない。だから大学に行くしかない。内部進学するにしても、普通くらいの成績はいる。あとは、もし行きたい大学ができた時に推薦が貰えないのは困る。それにすごく後悔すると思うから、教室に行って成績上げるしかない。
だから自分から行きたいわけじゃなくて、行くしかないって感じ。このことを吉野にも話していたから、分かってくれてる。吉野は「頑張れ」って言わないからすごく楽。頑張ってくれてるのを分かってくれてるから、頑張り過ぎなくていいって思える。2年生になって不安なことしかないけど、また何かあったら吉野に相談しようと思う。吉野は私とお父さんの関係が良くなったことも、自分のことのように喜んでくれた。相談しても、そう。いつもは冗談言ったり、ふざけてるのに、そういう話になると真剣に聞いてくれる。それに悩んでくれる。私が思っているよりも、吉野は心の支えになってるんだろうな。
高校2年生の春、始業式の日。靴箱の前に、大きな掲示板があってそこにクラス割が書かれていた。2年生の2組から自分の名前を探す。1組は特進で、自分から進学クラスにレベルを下げない限り、3年間一緒。私の名前と一緒に吉野の名前も探す。私の名前は4組のところに書かれていた。4組の男子を見るけど、そこに吉野の名前はなかった。ということは、吉野は5組か。残念というか、クラスでやっていけるか不安。体育とかペア組まされるとかあるのかな。2年は修学旅行もあるし。そんなことを考えてたら、「どうにかなるって。」と吉野が肩を叩いてきた。そう言って、すぐに靴箱の方に行ってしまった。
時計を見ると、そろそろ教室に行ったほうが良さそうだったしもう1回クラス割を見る。出席番号を確認して、靴箱で4組の25番を探す。そこに靴をしまって、リュックからシューズを出して履く。人が多くて嫌になるけど、我慢するしかない。靴箱から繋がっている廊下に、何組がどこの教室かという紙が貼られている。旧校舎の2階にあるというのを見て、そこに向かう。前は3階だったから、2階になって嬉しい。教室の出入り口にある札を見ながら、4組を探す。手前から2組で順番にある。4組に入って、黒板の座席表を見る。男女が隣で、出席番号順になってる。私の座席は運のいいことに1番後ろ。その机にリュックを置いて、席に座る。
教室はすでにグループができていた。去年から同じクラスとか、同じ部活とかそういう感じなんだろうな。でも私は特に話せる人もいないから、小説を読む。すると私の席の隣を通った子が「リュック、私と一緒だね。」と声をかけてきてくれた。黒髪ロングの美少女って感じの、声も可愛らしい女の子。なんて返事したらいいのか分からなくて「あ、そうなんだ。」としか言えなかった。その子は笑って、そのまま別の子に話しかけに行った。3人グループでとても仲が良さそう。羨ましいななんて思いつつ、小説を読む。
せっかく話しかけてきてくれたのに、微妙な返ししかできなかったと後悔する。人見知りはこれだから困る。話したいのに、何を話そうって考えてると時間が経つし。考えて喋らないと当たり障りのないような、つまらないことしか言えない。こんなのじゃクラスに馴染める気がしない。修学旅行さえ無ければ、1年の時みたいに馴染めてなくても大丈夫ななのに。
2年生になってから1週間、教室に行くのが嫌になってきた。移動教室とか体育の授業、1人ってこんなに辛いんだって思った。それに休み時間もこんなに過ごしにくくなかった。吉野と話さなくても、1人じゃないって分かってたから。何よりもお昼の時間が気まずい。みんな好きなように座席を移動して給食を食べてる。だから友達とか話せる人がいない私は、1人で給食を食べていた。周りからのかわいそうっていう視線でメンタルがきつい。
今からのホームルーム時間では、席替えするみたい。担任の先生はすごく優しくて、面白い。今は男子と女子が隣になってるけど、今回の席替えは女子同士、男子同士が隣になるらしい。それに対してクラスメイトは大喜び。仲良い子と隣になったり、近くになりやすいから喜んでるみたい。私は正直どっちでもいいんだけど。とりあえず後ろの方だったらいいかな。席替えはあみだくじで決めるらしい。黒板に先生がクラスの人数分の縦線を引いて、そこから適当に横線を引く。その好きな線の上に名前を書いて、下には数字を書く。みんな黒板の方に行って、自分の名前を書いていく。私は人が少なくなってから、残っている何本かの中から選んで、矢島と書いた。
席替えの結果は、窓際の1番後ろの席。運だけはいいらしい。机と椅子ごとそこへ移動させる。私の前の席は、この前話しかけてきてくれた黒髪ロングの可愛い女の子だった。その子は後ろを向いて「よろしくね。」と言ってくれた。私も「よろしく。」と返した。その子の前の席は、仲がいい子らしくてすぐにその子と話していた。隣の席の子は、物静かそうな子だった。ホームルームの後の授業中、前の席の子は少女漫画を読んでいた。そして読み終わると、前の席へと渡していた。私もその漫画を読んでるからすごく話したい。
授業中ずっと話したいなって思ってて、授業が終わった。「あの、私もその漫画読んでて。」勇気を出して話しかけてみた。するとその子は食い気味に
「ほんと⁉︎あんまりこの漫画読んでる人いないから嬉しい。ねー。」と言った。そして前の前の席の子も話に混ざった。黒髪ロングの子は
「渚ちゃんだよね?私は田中愛、こっちは高橋花音。よろしくね。」
と自己紹介をしてくれた。花音ちゃんも「よろしくー。」と笑って言ってくれた。そしていつも3人グループでいる、もう1人のショートカットの子も来た。
「ねね、渚ちゃんもこの漫画読んでるんだってー。」と愛ちゃんがショートカットの子に言った。「え、そうなの。私は鈴木莉奈。じゃあさ、渚ちゃんも授業中に漫画回し読みしようよ。」
と誘ってくれた。授業中に回し読みしている漫画は、莉奈ちゃんの漫画みたい。今日はもう授業が無いから、明日から始めようってことになった。
莉奈ちゃんはまた違う漫画を持ってきていて、それを全部私に渡してくれた。私が読み終わると、それを前の席の愛ちゃんに渡す。愛ちゃんが読み終わると、愛ちゃんの前の席の花音ちゃんに渡す。花音ちゃんが読み終わると、横の席の莉奈ちゃんに渡すという感じで私たちは読み回していた。授業中は漫画を読み回して、休み時間は漫画とかについて4人で話すようになってた。お昼の給食も4人で食べるようになって、だんだんと仲良くなっていった。
2年生になってから1ヶ月くらいたった5月に、吉野と公園で会う約束をした。近況報告を話そうっていう目的で土曜日に会うようにした。私たちは話すことがいっぱいで、喉がカラカラに渇くくらい話していた。だから途中で自販機まで歩いて行って、じゃんけんで負けた方が奢りなんてこともしてた。私が勝って奢ってもらったから大満足。「結構話したし、そろそろ帰ろっか。」と言うと吉野は「あ、ちょっと早いけど誕生日おめでとう。」と忘れたように言って、紙袋を渡してくれた。「え、貰っちゃっていいの?」と聞くと当たり前というような表情で頷いた。「開けます。」と宣言して紙袋を開けて、中から取り出す。
するとミント色の缶がでてきた。その缶にはteaって書いてある。「かわいい、紅茶?ありがとう。」と吉野にお礼を言う。「何がいいか分からんなかったから、良かった。よく甘いもの作ったり、食べるって言うから。」となんだか恥ずかしそうに言う吉野。私のためを思って悩んでくれた吉野の姿を想像するとすごく微笑ましい。「じゃあな。」と言ってすぐに吉野は帰ってしまった。誕生日当日も「おめでとう。」とメッセージが来た。こういうところはちゃんとしてるんだよなって思う。プレゼントもメッセージもすごい嬉しかった。
吉野とはクラスが離れてから、メッセージのやり取りが多くなっていた。学校での私の様子が分からないからか、よく連絡をくれる。「今日は授業中ずっと寝てた。」とか他愛ないことばっかり。他愛ない話をまだ愛ちゃん達とできないから、吉野とできるのが楽しい。くだらないこと送ったりもした。前よりも頻度は少ないけど、公園で会って話したりもしていた。愛ちゃん花音ちゃん、莉奈ちゃんと仲良くなったこととか、担任の先生がいい人すぎるとか近況報告をしていた。私が楽しんでいることを、吉野もすごく喜んでくれた。私は高校生活を心の底から楽しめるようになった。漫画で見ていたような高校生活を過ごせてることが嬉しい。
「なんで暑いのに運動場なの。」と愛ちゃんは不機嫌そうに言った。体育はただでさえ好きじゃないのに、運動場なんて汗かくから嫌だ。しかも今日からは、サッカーの授業が始まる。うちの学校のサッカー部は強い、女子も男子も。体育は男女別で、4組と5組が合同でやっている。「男子が外でやればいいのに。」と花音ちゃんがつぶやく。男子が体育館を使っているから、女子が運動場になったらしい。体育の女性の先生は、厳しいけど面白い。女子サッカー部の顧問をしてるから、サッカーの授業張り切ってそう。
2分前行動をしないと怒られるから、早めに背の順で並んでおく。ラジオ体操をした後にグラウンドを2周する。私は走りすぎると目眩を起こすことがあるから、1周だけでやめる。みんなが走り終わると、サッカーボールを取ってパス練習を始める。愛ちゃん花音ちゃん、莉奈ちゃんとあと2人の子を交えて練習する。しばらく練習すると、チーム対抗で試合が始まった。1試合が長くて結構疲れる。試合が終わると、また別のチームと試合をする。
いつの間にか結構な距離を走ってたのかもしれない。めまいがしてきた。でもまだ試合中だし、私たちのチームの方が負けてる。頑張らないといけないと思って、走り続けるけどやっぱり無理みたい。とりあえずコートから出て、ドンと座り込んだ。その様子に気づいた莉奈ちゃんが「先生!渚ちゃんが!」と叫んだ。試合は一旦止まったのか、みんなが私の周りに来た。そして先生は焦って言った。
「矢島さん、大丈夫?ここは暑いし陰に移動とか、って無理か。どうしよう、担架持ってきて貰おうかな。」運動部らしき女の子たちが「保健室行って、担架持ってきます!」と言って走って行った。呼吸が荒く、めまいもする。
少し待つと、数人の先生が担架を持ってきた。私は担架に乗せられ、保健室へと運ばれた。保健室のベッドで横になると、保健室の先生が私の血圧と脈を測っていた。血圧が低くなってしまったみたい。しばらく休むと治るらしいから、寝てるといいと言われた。私は先生に言われた通り、目を閉じていた。でも環境の違いか、何なのかであんまり寝れなかった。寝ては起き、ということをしていた。
そんなことを何回か繰り返して、目を覚ました時制服姿の吉野がベッドの隣にある椅子に座っていた。「あ、起きた。大丈夫?」と尋ねてきた。「多分?」と返した。まだめまいは少しするから、大丈夫とは言えなかった。吉野は私の嘘に気づくだろうし、意味ないはず。「多分って何だよ。もっとちゃんと休め。」と笑いながら言ってくる。「今って休み時間なの?」私は気になっていたから聞いた。「いや、3時間目に入ったところかな。」と吉野は何気ない顔で答える。さっきの体育の授業が2時間目だったからと考えて「え、吉野授業はいいの?」と尋ねた。休み時間ならまだしも、授業中って。「どうせ授業出たってちゃんと受けてないし。ここでゆっくりする方がいいじゃん。」吉野らしい答えが返ってきた。
「今更だけど吉野なんでここにいるの?」と尋ねた。気になってたけど、聞くタイミング逃していつ言うかタイミングを伺ってた。「あー、4組と5組体育合同じゃん。それで着替えの時に噂になってて聞いた。」と吉野はゆっくりと言った。「待って、悪い噂とかじゃないよね。」噂とか嫌すぎる。「大丈夫。普通にみんな心配してただけ。」あー、良かった。というか私男子に心配されるほどの人脈あったんだ。「安心した。」と安堵のため息をもらした。吉野は笑いながら「心配してもらえて良かったな。」とからかってきた。私は吉野に対して「焦ったんだからやめてよね。」と怒ったように言った。
「そういえば保健室でこんなに騒いで大丈夫?やばかったかな。」とベッドと保健室を隔てるカーテンの奥側を覗き込むように言った。
「保健室の先生は今日3時間目から、午後までいないって。違う学校の先生の話を聞きに行くとかで。」と先生に言われたことを思い出しながら、吉野は言った。
「それに今は俺たち以外に保健室を使ってる人もいない。だからちょっとくらい騒がしくても大丈夫だろ。久しぶりに色々話されるな。」と嬉しそうな顔で吉野は言った。学校内で話すのは久しぶりだから、私もすごく嬉しかった。
「もうすぐ修学旅行だね。友達できて本当によかった。」と私は吉野に言った。愛ちゃん達がいなかったら、班決めの時も気まずかっただろうな。誰のところに私が入るかなすりつけ合いされてそう、なんて想像する。
「よかったな。俺は1人の時間が無くて嫌だけど。班のやつらうるさいんだよな。寝かせてもらえなさそう。」
なんて鬱陶しそうに言ってるけど、顔はすごく嬉しそうだった。去年よりも友達のことを話す時嬉しそうな気がする。吉野も今年のクラス楽しんでるんだなって思うと、自分のことみたいに嬉しかった。「そういうのも修学旅行っぽくていいじゃん。」と私はつい笑ってしまう。「笑い事じゃないって、ゲームする時間無さそうじゃん。」と拗ねてしまった。「みんなでゲームできるかもしれないでしょ。」なんて私は、お母さんみたいな口調でつい言ってしまった。
「吉野の班は自由行動どこ行くの?」と尋ねた。「えーっと、どこだっけな。忘れた。」と考えたけど思い出せなかったみたい。「ちゃんと班で決めたんでしょ?もうしっかりしてよー。」なんて吉野の膝を叩きながら言った。「班長とかがしっかりしてるし、俺が知ってなくても大丈夫。」となぜか吉野が自信満々に言う。修学旅行は東京や横浜に行く。その中で遊園地に行ったりするけど、偶然会ったりすることはないだろうねっていう話もした。
吉野と私は3時間目中ずっと話し続けた。吉野は「仮病を使ってるから、さすがに4時間目は出てくる。」と言って保健室から出て行った。私は念の為に4時間目も休むことにした。4時間目は熟睡できた。吉野と話しすぎて疲れたのか、吉野と話せて安心したからなのか分からない。けど、吉野のおかげだなってことだけは間違いない。