どうしても君に伝えたいことがある
第9章 鼓動


 自由登校になってからすぐ、吉野から久しぶりにメッセージが来た。私は自由登校期間は、大学から出されていた課題に取り組んでいた。合格して落ち着いたと思ってたら、また忙しくなった。入学までの課題で、10冊くらいの本のリストから1冊選んでレポートを書かないといけない。それを期日までに送らないといけないから、本を読むところから始まった。そしてレポートも慣れないパソコンを使っていたので、やり方から覚えていた。中高でパソコン使う授業あったけど、私は出てなかったから。家では、お母さんとお父さんにパソコンの使い方を教えてもらう。学校では本を読んで重要な箇所をまとめて、先生と内容の確認をする。


 吉野からのメッセージの内容は、「久しぶりに会いたいんだけど、来週とか空いてない?」というものだった。課題も計画的にやっていて、あとは郵送するだけだから来週からは落ち着いてる。「私は来週の後半だったらいつでも大丈夫。」と送信した。吉野と久しぶりに会えるのが嬉しいし、連絡が来たからちょっとは落ち着いたのかななんて考える。就職決まったっていう報告は聞いてない。本人が言うまでは聞かないでおこう。

 吉野から「じゃあ来週の木曜日の3時に公園で。」と返事がきた。「了解」とだけ私は返事したけど、内心とても嬉しい。カレンダーを見て、来週の木曜日のところを確認する。木曜日の4日後はバレンタインデーだ。吉野には、高校入ってから毎年バレンタインデーにお菓子を渡してる。その時は何か聞かれたら義理チョコだと答えようとも思ってた。実際に1年生の頃は義理チョコだったと思うけど。今年もチョコレート渡そうかな。何作るがいいんだろ。吉野は結構甘いもの好きだから、甘さ控えめとか気にしなくていい。


 普通にバレンタインじゃない時に、スコーンとかクッキーあげたりしてたから、それは避けた方がいいかな。なんか特別感があるものがいいな、みんなバレンタインにどんなお菓子作るんだろ。スマホで調べてみようかな。『バレンタインにおすすめレシピ!』なんて見出しの記事を開いてみる。そこにはいっぱいチョコレートを使ったお菓子が載ってた。余ったら自分が食べることを考えると、チョコをあんまり使わないのがいい。濃厚じゃなかったら大丈夫だけど、気持ち悪くなってしまう。

 その記事から戻って。『バレンタインに贈るお菓子の意味』という記事の見出しが気になって、それを見る。マシュマロはあなたが嫌いって意味っていうのは知ってる。だからホワイトデーとかバレンタインデーにあげるのは、辞めた方がいいってことも有名だと思う。だけどそれ以外はよく知らない。いろんな意味があって、贈っちゃいけないのもマシュマロ以外にあるんだと思いながら、下にスワイプして1つ1つ見ていく。作る時間に余裕はあるし、マカロンでも作ろうかな。特別感もあるし、今まであげてないからちょうどいい気がする。しばらくマカロンは作ってないから失敗しそうな気がする。心配だから、火曜日に作ろうかな。最悪失敗しても水曜日に作り直せばいい。登校日は月曜日だし、どうにかなると信じたい。


 今回の登校日は、卒業アルバムを貰えるらしい。だから今日の時間で、いっぱい寄せ書きを書いてもらえたのこと。私はすぐに書き終わってしまいそうだから気まずい。
「はい、卒業アルバムこのダンボールの中に入ってるから。1人1冊取って、すぐに書き始めていいよー。」
と先生が、前の机に並べている段ボール2つを指差しながら言った。一気にクラスメイトみんなが前に行くから、私たちはみんなが取った後に取りに行くことにした。「写真自分で一応選んだけど、結構前だからどんな感じだったか忘れた。」と莉奈ちゃんが淡々と言う。それに対して花音ちゃんは「やばいよね、絶対やばいよね。どーしよ、見せられないかも。」元気よく言う。この温度差に私と愛ちゃんは笑う。あんなに毎日会ってたのが、急に週1回になってすでに寂しい。こんなふうにみんなで騒いだりするのが、あと1ヶ月半くらいで出来なくなるなんて。実感がないから、東京に行ってからの生活が全然想像できない。

 だいぶ人がいなくなってきたから、私たちはダンボールの中から卒業アルバムを取った。そして愛ちゃんの席の周りに集まって、1つのアルバムを開いて見る。「わー、なんか緊張するね。」と愛ちゃんがいいながら、ケースから出して表紙を開く。しばらくは、先生たちの写真だからそれに軽く触れて私たちのクラスの写真を見る。それぞれ自分の写真を指差して、「思ってたより大丈夫だった。みんなちゃんと可愛いじゃん。」と莉奈ちゃんが言う。「急にデレるじゃん、莉奈好きー。」と花音ちゃんが莉奈ちゃんに抱きつくけど、莉奈ちゃんは迷惑そうな顔をして引き剥がしていた。


 私たちが写真を撮ったのは、修学旅行後だった。田西の卒業アルバムの個人写真はちょっと特殊というか、結構自由な気がする。いつからこうなったのかは分からないけど、修学旅行で行った遊園地で買ったカチューシャを着けて撮ってもいい。胸の上から写るって感じだから、ぬいぐるみを抱いて撮っている子も多かった。私たちは、遊園地で買ったお揃いのカチューシャを着けて撮った。うちのクラスには同じカチューシャの人がいないから、私たち4人お揃いって感じで可愛い。


 私は写真を撮られるのが苦手で、上手に笑えない。いつも笑おうとすると苦笑いになっちゃう。だけどこの写真の私はすごく笑顔。ぎこちない笑顔の私を、愛ちゃん達みんなで笑わかせてくれた。なんなら笑い過ぎてて、カメラマンさんにもうちょっと抑えてなんて言われたくらい。楽しいっていうのが伝わってくるいい写真。集合写真を見たりとか、修学旅行、体育祭などの行事の写真も見ていった。思ったよりも私たちは写ってて、やったねなんてみんなで言ってた。私は田西に入学した時、卒業できるかも分からなかった。卒業できても、全然楽しめないと思ってた。だから卒業アルバムにこんなに写真が載っていること、笑顔なことには驚く。中学生や高1の自分に教えてあげたら、すごく驚くんだろうな。信じてくれない気がするくらい。

 私は愛ちゃん達と過ごす時間がすごく好き。私が高1の時別室登校だったのは、学年中の人が知ってるはず。だから愛ちゃん達も知ってるはずなのに、私に話しかけてくれて嬉しかった。勇気を出して話してみて良かった。愛ちゃん達とのお泊まり会の時に、愛ちゃんと花音ちゃんも中学生の頃不登校だった話を聞いた。だから愛ちゃんは私が教室に来てたのを見て、つい話しかけたくなったと言ってた。その一言が無かったら、自分から話しかけることは絶対に無かった。愛ちゃんが話しかけてくれて、みんなで漫画回し読みして、お泊まり会で10人分のアイス食べて、楽しい思い出しかない。


 小学校の時にちょっと友達との関係がめんどくさいなって思ってた。そういう出来事が何回かあったから、最初はちょっと怖かった。でも愛ちゃん達はそんなこと無いし、平和で過ごしやすかった。それはみんな思ってることな気がする。こんなことを考えてると、みんなペンケースから油性ペンを取り出していた。私も油性ペンを取り出して、卒業アルバムを時計回りに1個横に渡した。そして1番後ろの寄せ書きの部分を開いて、真っ新なそのページにメッセージを書く。書きたいことがいっぱいで、何を書こうか悩む。悩みながら、できるだけ綺麗な字で3人分のメッセージを書いた。

 そして自分のアルバムが戻ってきた。「なんか見るの恥ずかしいね。」と私はアルバムを胸に抱えたまま言う。どんなことが書かれているのかすごく気になるけど、なんか本人の前で見るのは恥ずかしい。「確かに、みんなに書き終わってから見よー。」と莉奈ちゃんは言って、他のクラスメイトのところに卒業アルバムを持って話しかけてた。愛ちゃんと花音ちゃんもその様子を見て、席を立って「メッセージ書いて」と話しかけてた。私は1人取り残されてしまった。花音ちゃんは茶道部に入ってるから、学年に友達が多いらしい。愛ちゃん達もよくクラス内の子や、別のクラスの子と話している。私も少しそれに参加させてもらう程度。クラスで話せる子はいるけど、自分からは言いにくいかも。

 「渚ちゃん、良かったらメッセージ書いてもいいかな?」と後ろから声が聞こえた。振り返ると家庭科で隣の席だった、みおちゃんがいた。「いいよ。私もみおちゃんの書きたい。」と言って、アルバムを交換した。家庭科は座席が決められてるから、1年間みおちゃんの隣だった。私はミシン使うのが苦手で、いつも教えてくれてた。メッセージを書いてる途中に「みおー、渚ちゃんに書いてもらってるの?私も書いてもらおー。」とみおちゃんと仲良しの、(さき)ちゃんが机に来た。「書くよ、私のも書いてね。」とメッセージを書く手を一旦止めて、咲ちゃんの顔を見て笑って言う。「みおちゃん書けたよ、ありがとう。」と言ってみおちゃんのアルバムを返す。みおちゃんは私のアルバムを咲ちゃんに渡して、咲ちゃんからアルバムを貰う。そして書き終わって、また1人になる。


 クラスメイトの真弥《まや》ちゃんの席には、長蛇の列ができてる。真弥ちゃんは絵がとても上手で、行事のポスターなどは全部描いてくれる。卒業文集のクラス全員の絵も描いてくれた。1人の子が真弥ちゃんに似顔絵を、メッセージのところに描いてって言い出して長蛇の列ができた。私も描いて欲しいなーなんて思って、後で愛ちゃん達と行こうかな。「矢島さん、メッセージ書いて欲しい。」と勢いよく声をかけられ、びっくりした。いつの間にか私の席の前に居たのは、クラスの委員長を務めてる一ノ瀬(いちのせ)拓馬(たくま)くんだった。一ノ瀬くんはクラス委員だからか、クラスメイトみんなに分け隔てなく接してくれるいい人。

 クラス委員をするくらいだから、明るくて勉強もできる。運動がちょっと苦手なのが、ギャップで女子からも男子からも人気がある。私にも体育祭の練習中とか、事あるごとに私の体調を気にしてくれた。「いいよ、はい。」アルバムを差し出して、一ノ瀬くんのを貰った。愛ちゃん達以外にも書いたり、書いてくれる人がいて嬉しいな。一ノ瀬くんには感謝の気持ちを伝える。気にかけて話しかけてくれて嬉しかったと、一ノ瀬くんなら大学に行ってもみんなに好かれそう。頑張ってねというようなメッセージを書いて、その右下にフルネームを書いた。「はい、ありがとう。」と言って一ノ瀬くんが書き終わるのを待つ。「ありがとう矢島さん。」と一ノ瀬くんとアルバムを戻した。

 それから私はクラスメイトの何人かとメッセージを書きあった。みんな体育とか家庭科の調理実習で一緒の班になった子達だった。女子もいたし、男子とも何人か書いた。男子に言われたのは「矢島は静かなやつだと思ってたよな。」と1人の子が言うと「分かる分かる、近寄りにくい感じ。でも班で一緒になると案外喋るし、面白いよな。」なんて続けて言った。こんなふうに思われてるなんて想像してなかった。班活動で仲良くしてくれてるのは、その時だけというか上辺だけなのかと。でも私1人だと近寄りにくい雰囲気は出てたんだ。それを取り除いてくれたのは、やっぱり愛ちゃん達といたからかな。そもそも愛ちゃん達と仲良くなれたのは、吉野と仲良くなれて勇気が出たからだけど。

 愛ちゃん達が戻ってきて「真弥ちゃんに似顔絵描いてもらいに行こ。」と花音ちゃんが言った。みんなで真弥ちゃんの列に並びながら、卒業式練習の話をした。「卒業式長いよね、寝そう。」と莉奈ちゃんが眠そうに言う。先生たち話は長いだろうし、練習の時ですら眠い。吉野にも卒業アルバムにメッセージ書いて欲しいけど、隣のクラスに行く勇気は全くない。卒業式終わって、春休み中とかに書いて貰えばいいか。


 愛ちゃん達はもう真弥ちゃんに似顔絵を描いてもらって私が最後。真弥ちゃんとはそんなに話したこと無いから、こんなこと頼むのは気が引ける。「似顔絵私も描いてもらってもいいかな?」と少し控えめな声で真弥ちゃんに尋ねた。「いいよ。」と真弥ちゃんは快く引き受けてくれた。真弥ちゃんが絵を描いている間、何か話したほうがいいかな、邪魔になるかなと考えながら真弥ちゃんが描いてくれる姿を見る。

 「渚ちゃん、メッセージも書いていい?私のアルバム隣の机のそれだから、書いて欲しい。」と絵を描いている手を一旦止めて、お願いされる。「うん、いいよ。じゃあ書くね。」とは言ったものの、何を書けばいいのか悩む。まずは真弥ちゃんが描く絵は可愛くて好きだということと、絵を描いてくれてありがとうと書いた。そしてクラスメイトの似顔絵は特徴を捉えてるから、よく私たちのことを見てくれてたんだなって思うとちょっと恥ずかしいけど嬉しいことを書いた。私がメッセージを書き終わると、真弥ちゃんもちょうど書き終わったみたい。『ありがとう』とお互いに言って、卒業アルバムを返してもらった。

 そしてみんなで話しているうちに、今回の自由登校の時間は終わった。卒業アルバムはまだ持って帰らずに、卒業式後に持って帰るようにと先生に言われた。帰る前に真弥ちゃんが描いてくれた似顔絵をみんなで見せ合った。特徴捉えすぎてるし、可愛く描いてくれて嬉しい。表情もみんなそれぞれ違ってて、真弥ちゃんに改めてお礼をみんなで言いに行った。みんなで寄り道をして、唐揚げを食べて帰った。自由登校もあと2回で、最後は卒業式。高校生のままでずっといたいな、なんて思うくらい私は田西で過ごした3年間は私の中で濃くて楽しかった。


 今日は久しぶりにマカロンを作る。材料は事前に買ってあったから準備は万全。ネットで調べた『失敗しないマカロンのレシピ』というレシピを見ながら作っていく。色味も可愛いから、今回は抹茶のマカロンを作る。レシピには注意すべきポイントがいっぱいのってて、慎重に慎重に作り進める。今回はお母さんに手伝ってもらわずに、全部1人で作る。失敗するのが怖いから、いつものことだけど1グラムもレシピと違うように気をつける。

 マカロンの生地を作って、円状に絞る。絞るのが難しいからクッキングシートに、円を書いてそれにそって絞る。そして焼いている間に洗い物をしておく。ひびもなく、上手く焼けてる。焼けたマカロンの粗熱をとる。その間にマカロン生地の間に挟むガナッシュを作る。ボウルの中に生クリームとホワイトチョコ、抹茶パウダーを入れて混ぜる。粗熱がとれたのを確認して、ガナッシュをマカロンに絞って、もう片方で挟む。全部で10個できたから、吉野には6個くらいあげようかな。あとはお父さんにあげよ、ほんとは私も食べたいけど。マカロンにラップをして冷蔵庫で冷やしておく。夜になったらお父さんに食べてもらおうかな。まあ夜まで数時間後なんだけど。

 やる工程が多くて、時間もかかって疲れたな。洗い物も多いのがしんどいけど、その分美味しくできてたらいいな。「やっと終わった?おつかれ。」とお母さんがリビングに戻ってきて行った。私が作っている様子を見ながら、色々と家事してたみたい。「うん、終わった。ちゃんと洗い物もしてるから安心して。」と言った。「お父さん喜ぶね、でも寂しくなっちゃうかもね。来年からもらえないと思うと。」と困ったような顔で言う。「帰ってきた時に何か作ってあげたら大丈夫だよ。」と笑いながら答えた。「そうだね、お父さんは渚が作るものなら何でも喜んでくれるよ。」と優しい笑顔で言った。


 晩ごはんを食べた後、お父さんにマカロンを出した。食べるちょっと前に常温に戻しておいて、ガナッシュがいいくらいになるようにしといた。お父さんが食べる姿をじっと見て「どう?美味しい?」と前のめりに答える。「うん。」という短い返事だけど、お父さんが美味しいってことに頷いてくれた。これなら吉野にあげられる。「お父さんがかわいそうだから、もうちょっと気にしてあげて。」とお母さんは眉を下げて私に言った。え、誰かっていうか男子にあげるってバレてるの。そんなに態度に出してるつもりなんか無かったんだけど。すぐに顔に出ちゃうのが良くないとこだよね。お父さんにもお母さんにもバレてるなら、吉野にも私の気持ちバレバレなのかな。もう気にしたってどうにもならないし、気にしないようにする。明後日まで冷蔵庫で冷やしておいて、会うちょっと前にラッピングをしよ。


 吉野と会う日になって、マカロンを冷蔵庫から出した。それをマカロンのサイズにぴったりの、長方形の箱に6個詰めた。箱は水色で、それに白色のリボンをかける。1年の時はリボンなんて友達にあげるのはおかしいって思って麻紐にした。けど今回は
このリボンでもいいよね。恥ずかしい気持ちはぜんぜん変わらないけど。それを紙袋に入れて、渡す準備はできた。あとは3時ちょっと前になるのを待って、公園に行くだけ。なんかすごく緊張してきた。動画配信サイトで、いつも見ている人の動画を見るけど全く頭に入ってこない。早く3時になって欲しいような、なって欲しくないような気持ち。


 ついに3時前になってしまった。家を出て公園に向かう。吉野に会って話すのが楽しみだったはずなのに、なぜか怖くなってきた。早めに着いてしまったから、ベンチに座って待つ。でも公園の入り口を見ることはできない。見れるのは私の膝の上にある紙袋だけ。紙袋をジッと見つめていると、静かだった公園に自転車を止める音が聞こえた。吉野が来たんだとその音で分かった。それでも吉野の方を見れなかった。

 「矢島、久しぶり。」と久しぶりに吉野の声を聞いた。「久しぶり、元気だった?」と私はぎこちない笑顔で言ってしまった気がする。なんだか吉野は以前よりも痩せたような気がする。それから吉野とは近況報告をした。緊張しすぎるあまりに私ばっかり話してる気がする。吉野は就職のことを何も言わないから、聞かない方がいいだろうし。吉野はいつも以上に自分の話をしない気がした。吉野も緊張してたりして、なんていい方へと考える。

 「卒業式の卒業証書もらう時の返事、どうしても緊張しちゃうんだよね。」と私は卒業式の話をした。「だよな。」なんていつも通り気だるそうに返事する。「吉野は気だるそうに返事するつもり?」と笑いながら尋ねた。「多分、いつも通り返事するだけだからそうなる。」と少し困った顔で答えた。私たちはいつも通り、他愛ない話をいっぱいした。今まで話せなかった分を取り戻すみたいに。それぞれ新生活が始まったら、また前みたいにあんまり連絡取らなくなるのかな。離れちゃうから会えなくなるのは仕方ないことだけど、通話したりして話したいな。大学入って友達できるかとか、一人暮らし大丈夫かとか心配なことでいっぱい。吉野に相談したり、聞いてもらいたい。吉野とあれだけ連絡取らなかったけど、私にとって吉野はやっぱり特別な人。


 「そろそろ寒くなってきたし帰るか。」と吉野が言う。吉野が来るまで膝に置いていた紙袋は、吉野に見られないように隠していた。吉野は私の左側に座ってるから、右側に置いてたら私で見えてないはず。私が渡すタイミングを伺っていると、「はい。」とだけ言って吉野は可愛い紙袋を差し出してきた。「え、なんで?」と私はつい思っていることが口に出てしまった。「俺があげたかっただけだから。」と吉野は言った。色々考えたいことはあるけど、吉野から「ありがとう。」と言って受け取る。「はい、私も用意したんだよ。」と吉野に渡す。「ありがとう。」と吉野はいつもよりも小さな声で言った。

 「中身見てもいい?」と私は聞く前から紙袋を開けていた。「いーよ。」と私のそんな姿を見て吉野は笑った。吉野の紙袋の中には、ケーキ屋さんで買ったようなかわいいカップケーキが3つほどラッピングされて入ってた。パステルカラーの緑やピンク、水色の生クリームの上にさくらんぼやカラースプレーチョコとかが乗ってて可愛い。「すごくかわいい、ありがと。食べてもいい?」ともう一度吉野にお礼と、食べていいか尋ねた。「どうぞ。」と言ってくれたので、緑色のクリームにカラースプレーチョコが乗ったカップケーキを取り出した。そしてラッピングの細いリボンを解いて、透明の袋から取り出した。見れば見るほど色合いがかわいくて、食べるのが勿体無いなんて思うほど。でも食べちゃうんだけど。「ん、おいしい。」と吉野に微笑んで言う。甘くて美味しい。

 吉野も私の紙袋の中を見てたみたいで、箱を取り出した。「中身開けていいよな?」と吉野は聴きながら箱を開けた。「え、すご。これって手作り?」といい反応をしてくれた。「手作り、結構頑張った。」と私は背伸びせずに、ありのまま頑張ったことを伝えた。吉野は1個手にとって、食べた。「うま。」といつもの優しい笑顔だった。吉野のこの笑顔が見れなくなるのは寂しいな。私たちはすごく笑顔だったけど、冷静になって考えるとなんだか急に恥ずかしくなった。だってホワイトデーに貰うのは分かるけど、バレンタインに貰えるなんて。そんなの期待しないわけがない。私が急に静かになったから、恥ずかしがっているの気持ちを吉野にバレたみたい。吉野も急に静かになって、なんだか気まずくなった。

 「じゃあ、そろそろ帰ろっか。」と沈黙が気まずくなって、咄嗟に言った。「そうだな。」と吉野も短く返事をして、帰る準備を始めた。そして吉野は「じゃあな。」と言って、私の方をずっと見てくれてた。私はそれがなんだか恥ずかしくて「バイバイ。」と言って、逃げるように家へと帰った。吉野に私の気持ちは届いてるかな。


 それからまた吉野から返事が返ってこなくなった。就職のこと何も言ってなかったから、もしかしたらまだ決まってないのかな。吉野から言ってくれるまで聞かないって決めたから、絶対聞かない。それに吉野のことだから、何事もない顔をして『就職決まった』とか行ってきそうだし。今までも連絡取れないこと何回かあったし、またしばらくしたら連絡が来るかもしれない。あんまり気にしないでおこう。返事が返ってこない日は何日も続いた。ただ忙しいだけだよね、そうやって自分に言い聞かせた。本当にそうだったたらいいな。
< 9 / 10 >

この作品をシェア

pagetop