幸せな離婚
「――ふく!!」
雑草を踏み鳴らすように私の前に現れたのは先ほど私を助けてくれた瀬戸さんだった。
「あれ……あなたは……生井さん?どうしてうちに?」
「さっきのお礼にくず餅を」
「くず餅?もしかしてお尻の下にある、それですか?」
瀬戸さんはクスッと笑いながら指さした。
「え?」
視線を紙袋に向けて驚愕する。
私のお尻を守るように踏みつけられた紙袋。
中身がどうなっているのか考えただけでも恐ろしい。
「にゃん」
私を励ますようにふくと呼ばれていた猫が私にすりよってくる。
「あぁ……、すみません。差しあげられなくなっちゃいました……」
立ち上がろうとすると、さっと目の前に何の躊躇もなく大きな手のひらが差し出された。
「こちらこそうちのふくがすみません。突然飛び出して驚きましたよね」
長くて細い指先になんだかドキッとしてしまう。
その手を掴むと、瀬戸さんはグッと私の手を引っ張り立ち上がらせてくれた。
細い腕なのに力はあるんだ……。
「ありがとうございます」
パンパンっとお尻の汚れを払っていると、瀬戸さんは紙袋を拾い上げた。
「すみません、また後日違うものを――」
紙袋の中を覗き込み、瀬戸さんがふわりと笑う。
「くず餅、お好きですか?」
「はい?好きですけど……」
「それなら一緒に食べましょう」
当たり前のように言う瀬戸さんに私はとんでもないと首を振る。
「そんな!私のお尻の下で潰れたくず餅を食べさせるわけにはいきません」
「俺も折角持ってきてもらったくず餅を持ち帰らせるわけにはいきません」
目が合うと、私達はどちらともなく笑顔を浮かべた。
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