幸せな離婚
「くず餅、少し冷やしてから食べましょうか?お茶いれますね」
私は再び茶の間に案内され、少しジメジメした座布団に腰を落とした。
ほどなくして瀬戸さんはお盆に乗せた冷たい麦茶を持って戻ってきた。
「ありがとうございます。でも、私まで頂いていいんですか?」
「もちろんです。こちらこそ誘ってしまってすみません。時間、平気ですか?」
「あぁ……、はい。大丈夫です」
部屋の中にある時計を確認する。くず餅を食べるぐらいの余裕はある。
「失礼ですが、生井さんって変わってるって言われません?」
「は、はい!?」
唐突な質問に麦茶を拭きそうになり、慌てて口元を拭う。
そんな私を少し可笑しそうに見つめながら瀬戸さんはつづけた。
「俺のこと気味悪いと思わなかったんですか?」
「瀬戸さんが?どうしてですか?」
「生井さんは近所に住んでるんですよね?うちの噂、知りません?」
「噂ですか……?知りませんけど……」
「なるほど。だから、わざわざうちまで来てくれたんですね」
瀬戸さんの言葉の意味がさっぱり分からずに首を傾げる。
「あの、意味がよく……」
「うち、近所では幽霊屋敷って呼ばれているんです」
「幽霊屋敷?」
「見ての通り木々が鬱蒼と生い茂ってるから。そして、住んでるのは俺だけ」
「はぁ」
「仕事柄ほとんど外出もしないで家にこもっているので、ご近所さんから見ると俺の存在って薄気味悪いみたいなんですよね。いい年した独り身でなおかつ引きこもり。身なりも適当ですし。ヤバい要素しかないです」
ふっと屈託なく笑う瀬戸さんは幽霊とは程遠い存在だ。
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