幸せな離婚
「くず餅、そろそろ冷えたかな。持ってきますね」
「ありがとうございます」
和のテーブルに両手をついて立ち上がる。
手の甲から腕にかけて走る血管に目がいきなんだかドキリとする。
瀬戸さんが部屋から出て行くと、思わずハァと息を吐いた。
「私ってばどうしちゃったの……」
突然、心臓がドクンドクンッと鳴りだした。
私は火照る顔を両方の手のひらでパタパタと必死になって仰いだ。

ほどなくして瀬戸さんがくず餅をお盆に乗せて戻ってきた。
夏らしい透明のガラス皿の上に乗せられたくず餅を口に運ぶ。
ぷりっとした弾力のあるくず餅の上にはサクサクのきな粉と優しい味わいの黒蜜がかけられている。
一口食べると、きな粉の香ばしい香りが鼻を通り抜けた。
「お、美味しい!」
「やっぱりあそこのくず餅は最高ですね」
「はい!とっても美味しいです」
瀬戸さんの言葉に頷きながら同意する。
「昔から両親が好きでよく買ってきてくれたんです。昔はきな粉が苦手だったんですけど、大人になってからは逆に大好物になりました」
「それ分かります。私は子供の頃野菜が嫌いだったんですけど、今では大好物です。ブロッコリーとかオクラとか」
「いいですね、俺はプチトマトと枝豆が好きになりました」
瀬戸さんの言葉に私は思わず笑顔になった。
「実は私、小さなプランターでプチトマト作ってるんです。たくさん実がなっていてあと少しで赤くなりそうだから、今度おすそ分けさせてください」
そこまで言ってハッとする。
今日、初めて会った相手にそんなことを言われても困るかもしれない。
「って、ごめんなさい。素人が作ったものなんてもらっても困りますよね。しかも、どこでも買えますし」
「俺は嬉しいです。逆に大切に育てたトマト俺なんかがもらってもいいんですか?」
「そんな!無理しないで大丈夫ですよ」
「無理なんてしてませんよ。生井さんの気持ちが嬉しいので」
「私の気持ち?」
首を傾げると、瀬戸さんは頷く。
「俺にあげようって思ってくれたその気持ちが」
目尻を少し下げて微笑む瀬戸さんと目が合った瞬間、私の心の中がザワザワと一気にうるさくなった。
なんて返したらいいのか分からず、混乱してふふっと曖昧に笑うことしかできない。
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