幸せな離婚
「まさか!主婦業は仕事をしてようが、子供がいようがどちらも大変なものですよ。それに、お姑さんと三人でお買い物なんてよくできたお嫁さんじゃないですか。うちは姑とは不仲なので一緒に買い物なんてありえませんし」
「えっ、そうなの?でも、嫁いびったりする酷い姑もいるみたいだしね。うちは違うけど」
小石川さんはきっと仕事も気遣いもできる素敵な女性だ。
私の反応を見てすぐにこちらの思っていることを悟ってくれたに違いない。
……この人じゃない。
こんなにも理性的な女性が『けんちゃん』っとあんなメッセージを送ってくるところが想像できない。
「ママ~」
良い子にママのそばにいた佐奈ちゃんはいよいよ飽きたのか、彼女のスカートを遠慮がちに引っ張った。
「ごめんごめん。そろそろ行こうか。ご家族でお買い物中、失礼しました。生井さん、また来週よろしくお願いします」
「ああ、またね」
頭を下げて去っていく小石川さん。佐奈ちゃんの手を引いて歩く彼女の背中に「ありがとう」とお礼を言う。
「あの人、嫌な女ねぇ。姑と不仲なんじゃなくて、気が強くて可愛くない性格だから姑に嫌われるのよ。それに気が付かないなんて笑っちゃうわ」
「まあ、確かに彼女は気が強いから。旦那さんも大変だと思うよ」
「でしょ~?」
小石川さんが去った後、二人は口々に彼女の悪口を言い始めた。
耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
どうしてこの人たちはいつも人の粗ばかり探すんだろう。
どうしていいところを見ようとしないの……?
「つーか俺、朝飯食ってないせいで腹減ったんだけど」
「そうね。早めにお昼食べましょうか」
二人で言葉を交わしながらどんどん前を歩いて行ってしまう私。
夫婦になれば足並みをそろえて歩くのが普通だと思っていた。
でも、健太郎は違う。
「――お前、歩くの遅いよ。早くして」
振り返った健太郎が私を忌々し気に睨む。
「ごめん」
謝ってから歩を速める。
すると、健太郎が私を上から下まで舐めるように見つめた。
「それにしても、今日の格好もう少しなんとかならないのかよ。小石川さんは美人ってお世辞いってくれてたけど、俺の妻ならもう少し綺麗にしておけよ」
そうか。だから健太郎は私顎で私にどっかへ行けと指示したのか。
私が妻だと知られたくないから。
シンプルなベージュのアンサンブルニットとストレートデニム。
お出かけだから足元は普段履かないヒールを履いた。
肩まである髪は緩く外巻にしてワックスで整えた。
メイクだってしっかりしてきたし、ゴールドのネックレスとピアスをして身だしなみには気を付けたつもりだ。
私にとって精いっぱいのお洒落を全否定された。
だったら、どんな服を着るのが正解なの……?
着たい服を着るのもダメなの?
健太郎が私に歩調を合わせてくれることはきっとこれから先もない。
だったら、私が無理にでも彼に歩調を合わせるしかない。
これがきっと……夫婦になるということなんだろう。
分かっているけど、腑に落ちない。
どうして私だけが……我慢しないといけないの?
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