幸せな離婚
健太郎と義母が食べたいという和風レストランで昼食を済ませる。
食事が運ばれてくる間も、食べ終えてからも健太郎はしきりにスマホを気にして手放そうとはしなかった。
誰かと連絡を取り合っているのか、ブブッとスマホが震え画面を見るたびに分かりやすく口元を緩ませたりした。
「疲れたし、もう帰ろう」という健太郎の言葉で帰宅することになった。
せめて食料品だけでも買って帰りたいとお願いしたものの、健太郎が聞き入れてくれることはなかった。
結局、私の買い物に時間など割いてもらえるはずもなく気疲れしただけだった。
こんなことなら家でプランターの野菜を眺めていたかった。
去年、種が落ちて自然に芽の出た青じそは陽の光を浴びてぐんぐんと成長している。その日々の成長をぼんやりと眺めるのが今の私の楽しみだった。
ショッピングモールを出た後、健太郎は私達を家に送り届けたその足でシャワーを浴びて服を着替えると、待ちきれない様子でどこかへ出かけて行った。
「地元の友達から連絡があったから少し出かけるわ」
髪を綺麗にセットして普段つけない甘い香水の匂いを漂わせる健太郎の顔は嬉しそうに赤らんでいた。
「健太郎ってば、なんだか妙に嬉しそうだったわね。あの子、浮気でもしてるの?」
やることもなく暇を持て余してしまった私は冷蔵庫の中の食材を確認する。
牛乳も卵ももうすぐなくなる。やっぱりさっき買っておけばよかったと落胆する。
パタンっと冷蔵庫の扉を閉めてソファに座る義母に目を向ける。
「浮気……しているんでしょうか?」
「そんなこと私に聞かないでちょうだい。ただ、旦那を繋ぎ止めておくのも妻の役目よ?」
「妻の役目……」
「そう。それにね、結婚したからには子供を産むのが嫁の務めよ。結婚してもう2年なのにその兆候もないなんて……。体にはお互い異常はないんだから、あとはタイミングよ。今は妊活ってものがあるんでしょ?もしどうしてもダメなら病院へ行ってきなさい。良いわね?」
「……はい」
結婚前、私は健太郎に頼まれてブライダルチェックを受けた。
ブライダルチェックとは、血液検査や超音波による子宮と卵巣のチェック、性病や子宮がん、それに頸がんの検査など赤ちゃんを迎えることができる体かどうかをチェックするものだ。
私も健太郎もブライダルチェックで特に問題は見つからなかった。
タイミングがあって自然妊娠すれば、いつでも出産できると医師からお墨付きを頂いた。
でも、私達には子供ができなかった。
結婚後すぐに私達がセックスレスになったからだ。でも、それを義母は知らない。
子作りをしなければ、いくら体が健康であったとしても子供などできるはずもないのだ。
この際、今の状況を相談してみようか。
私達がセックスレスだと知ればお義母さんも顔を合わせるごとに子供子供と言わないかもしれない。
……いや、きっと言っても無駄だ。
話せば私に女としての魅力がないせいだと叱責するに違いない。
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