幸せな離婚
瀬戸さんの家につくと、自転車を停めてフクを探す。
フクは家猫のせいか幸いにも人慣れしていた。
とはいえ、ただ名前を呼んでもフクは警戒して出てきてくれないだろう。
自分から脱走したとはいえ、パニックになっている可能性もある。
ならばと、「ごは~ん!」という合言葉とともに瀬戸さんから渡されたスティック型になっているフクが大好きだというおやつを手に捜索に当たる。
十五分ほど探したものの、何の反応も手がかりも掴めない。
「フクちゃん、どこいっちゃったの」
額から首筋まで汗が滴り落ち、息が上がる。
それでも諦めずに「フク、ごはんだよ~!出ておいで~!」と声をかけ続けると、人の膝ほどある雑草ががさがさと音を立てて揺れた。
まさか、と目を凝らすと雑草の間から白と黒のふわふわとした何かがいるのが分かった。
――瀬戸さん!!
視線をあたりに漂わせると、目と鼻の距離にいた瀬戸さんと目が合った。
「……?」
私の視線に気付いた瀬戸さんに草むらを指差してここにフクがいると合図を送る。
理解した瀬戸さんが指で丸をつくりそっとこちらに歩み寄る。
ジリジリとした緊張感が漂う中、「フク、ごはんだよ」と言ってお菓子袋を差し出す。
フクが草むらから顔を出した。そして、ゆっくりと私に近付きピンク色の舌でぺろぺろとおやつを舐め始めたタイミングでそろりそろりと近付いた瀬戸さんが一気に距離を詰めてフクのわき腹を掴んだ。
「にゃっ!!」
驚いた様子のフクを胸に抱きしめながら瀬戸さんは心底安堵したようにフクにほおずりする。
「フク!心配しただろ」
よっぽどフクが心配だったのか、瀬戸さんは今にも泣きだしそうな顔をしている。
フクはまるで反省の色もなく「にゃぁ」とだみ声で鳴く。
再び脱走しないようにとしっかりとフクを抱きながら瀬戸さんが私に視線を向けた。
「生井さんは果物はお好きですか?」
「好きです」
「よかった。ちょうどいいものがあって」
「いいもの?」
「はい。上がっていってください」
首を傾げる私に少しおどけながら瀬戸さんは微笑んだ。
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