幸せな離婚
湿度が高いせいかむわっとした部屋の中に入ると、瀬戸さんは慌ててクーラーをつけた。
「少しすると冷えると思うので。座って休んでいてください」
いまだに現役なのかと驚くほどに古い茶色の昔ながらのクーラーをつけると、茶の間に涼しい風が吹いた。
「お待たせしました」
襖を開けて茶の間に入ってきた瀬戸さん。
その瞬間、冷え始めた部屋の中に蒸れた熱い風が吹き込む。
瀬戸さんのこめかみから流れた汗が首筋を伝う。
この人はどれだけ必死にフクを探し回っていたんだろう。
太陽の光に肌を焼かれ、頬や鼻が少し赤らんでいる。
「にゃん」
部屋に入り襖を閉めようとすると、やってきたフクが瀬戸さんの足に顔を擦り付ける。
丸テーブルに向かい合うようにして座ると、麦茶の入ったグラスと吹きガラスの透明感のあるお皿を私の前に差し出した。
お皿の中の黄緑色の大粒のブドウが乗せられている。私は思わずぱあっと目を輝かせる。
「シャインマスカット!!」
「はい。毎年夏になるとネットで取り寄せるんです」
「うわぁ、すごいですね。シャインマスカットってすっごく美味しいけどちょっと躊躇しちゃうお値段ですよね」
「そうですね。頻繁には買えないけど、たまの贅沢に」
謙遜するように言うけど、たまにでも買えることがすごい。
それに、私にまで……。
「でも、いいんですか?頂いても」
私の言葉に瀬戸さんは大きく頷いた。
「もちろんです。生井さんはフクの命の恩人ですから。本当にありがとうございました」
「大袈裟ですよ!」
「大袈裟じゃありません。フクは俺にとってたった一人の家族ですから。道路に出て車に跳ねられたらとか、この暑さで倒れていたらと考えてしまって……。見つかって本当によかった」
心底ほっとしたように膝の上のフクの頭を撫でる瀬戸さん。
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