愛憎を込めて毒を撃つ

第九話

◆同時期(八月上旬)
〇ホテルの一室(夜)

シャワーを浴びてバスローブを着ている麗佳と和寿。
麗佳はベッドに寝転び、和寿はヘッドボードを背もたれにして眉間に皺を寄せてスマホをいじっている。
程なくして、麗佳が和寿の膝の上に乗る。

麗佳「ねぇ、いつまで待てばいいの? 放置プレイって好きじゃないんだけど」
和寿「ごめん。もう終わったよ」
麗佳「じゃあ、今日もたくさんしようね」

微笑み合ったふたりは、キスをする。
そのままバスローブを脱がせ合って激しく抱き合う。
事後、麗佳が和寿に寄り添うようにしてベッドに横たわっている。

麗佳「そういえば、和寿さんってこんなに私と会ってて大丈夫なの?」
和寿「……ああ。妻は残業だと思ってるよ」
麗佳「ふふっ、うちと同じだ。夫もね、きっと私が仕事に没頭してるって思ってる。私が煮詰まってるって言えば、夫は疑いもせずに誰よりも応援してくれるの」
和寿「それなのに、君はこんなところにいて悪い妻だな」
麗佳「それ、特大ブーメランだよ。それに、夫は私を大事にしてくれて、家事も協力的だけど、仕事優先だし、セックスが優しいのよね。私は和寿さんみたいに激しくしてくれる方が燃えるのに」
和寿「俺の妻とは正反対だな」
麗佳「ふーん、奥さんってそういうタイプなんだ」
和寿「外見も中身も、セックスの好みも君とは正反対だよ」
麗佳「そんな奥さんに飽きてレスになったの?」
和寿「……別にそういうわけじゃない。俺は子どもが欲しくないし、妊活の話をされた途端に萎えてする気が起きなくなっただけだ」

和寿の顔は冷静そうだが、麗佳から視線を逸らす。
麗佳は和寿にキスをして、妖艶に微笑む。

麗佳「私が触るとこんなに反応するのにね?」
和寿「……」
麗佳「和寿さんって、もしかして妻だけEDってやつ? このまま奥さんに反応しなかったらどうするの?」
和寿「麗佳に関係ないだろ。お互いの家庭には口出ししない約束だ」
麗佳「でも、他人事じゃないから」
和寿「どういう意味だ?」
麗佳「夫も、もしかしたらそうなのかも。この間、強引に迫ってみたんだけど、全然ダメで……私まで萎えちゃった。和寿さんとできるからいいけど、この年齢で夫とレスになるのは嫌だなぁ」
和寿「それ以外は旦那と上手くいってるんだろ?」
麗佳「うん。あ、和寿さんのことも夫と同じくらい好きよ?」
和寿「……俺は妻と別れる気はないからな」
麗佳「それは私も同じ。今の生活に大きな不満はないし、和寿さんは亭主関白っぽいから家事なんてあんまりしないでしょ? 体の相性とか子どもが欲しくないところとかは、すごく気が合うんだけどね」
和寿「別に必要に迫られればする。うちは妻がパート勤務で家にいる時間が長いから、率先して担ってくれてるんだ」
麗佳「和寿さんのことはすごく好きだけど、やっぱりあなたとはこういう関係がちょうどいいのかも」

麗佳は再び自らキスをして、和寿の体に触れていく。



≪回想(麗佳)≫

◆約一年前(八月)
〇昔ながらのレトロな喫茶店(昼)

アトリエから少し離れた場所にある喫茶店の一席に座る麗佳。
店内は古びた雰囲気だが、ホテル街が近いこともあってか客が少なく、静かで居心地が好いところが気に入って、アトリエを借りた頃から通うように。
麗佳の隣のテーブルには和寿が座っていた。
この日は、奥のテーブルに子連れの女性がいて、二歳くらいの子がずっと大声を上げて泣いていた。

麗佳「……あそこまで泣いてるなら、外に出るとかすればいいのに」
和寿「……」
麗佳「あ、すみません……。感じ悪いですよね」

麗佳の小さな独り言が聞こえた和寿に見られ、麗佳がバツが悪そうに頭を下げる。

和寿「……いえ。俺も同感です」
麗佳「え?」
和寿「子どもが泣くのは仕方がないにせよ、こういう場所に入るならもう少し気を遣うべきだ。ここは、ショッピングモールや公園じゃない」
麗佳「そうですよね。私、実は子どもが苦手で……。ここは静かに過ごせるのが気に入って通ってるので、つい……」

麗佳は、和寿が共感してくれたことが嬉しくて笑顔になる。
その日はお互いに会釈をして店を後にした程度だったが、麗佳は喫茶店に通う頻度が増え、和寿を見かけると声を掛けるようになり、いつしか好きになる。
潤のことも好きだが、和寿への気持ちも止められない。



◆約十一か月前(九月)
〇喫茶店の近くのバー(夜)

麗佳は仕事終わりに喫茶店の近くにあるバーに行く。
カウンター席しかなくこぢんまりとしているが、ようやく仕事が一段落し、この日は潤が残業ということもあり、飲んで帰ることに。
そこで和寿を鉢合わせる。

麗佳「あっ」
和寿「……ああ、こんばんは。奇遇ですね」
麗佳「はい。……ここ、いいですか?」
和寿「どうぞ」

和寿は自分の隣の椅子を引き、麗佳が座って注文する。
喫茶店以外で会うのは初めてで、麗佳は少し落ち着かない気持ちになる。

麗佳「ここ、よく来られるんですか?」
和寿「ええ、まぁ。あの喫茶店と同じで、ここも静かで落ち着くんです」
麗佳「わかります。私は初めて来たんですけど、いいお店ですね」

笑い合うふたり。
お酒も進み、一時間以上も一緒に過ごしていたが、先に和寿が席を立つ。
麗佳は一瞬迷うような表情をするが、すぐに会計を済ませて和寿を追いかける。

麗佳「あのっ……!」
和寿「はい?」
麗佳「きゃっ!」

麗佳は飲み過ぎたせいか足元がふらつき、和寿の胸元へ飛び込む形に。
和寿は咄嗟に受け止める。
麗佳が顔を上げると和寿と目が合い、麗佳はすぐ傍の路地の陰に和寿を引っ張り、キスをする。

和寿「っ……! なにするんだ!」

和寿は麗佳を引き剝がすが、麗佳は和寿に体を寄せて耳元で囁く。

麗佳「あなたが好きなんです。一度だけでいいので抱いてください」
和寿「……ふざけないでくれないか。俺は結婚してるし、君もだろう?」

自然とお互いの薬指に視線がいく。
しかし、麗佳は怯むことなく身体を密着させ、和寿の下半身に触れる。
和寿の体はすぐに反応してしまう。

和寿「離せ……!」
麗佳「でも、もう反応してますよ?」
和寿「……」
麗佳「別に一度でいいんです。夫と別れる気はないけど、あなたに抱かれてみたい。これはただの遊びです。そうやって割り切ってしまえばいいと思いませんか?」

たじろぐ和寿に、麗佳が上目遣いで微笑む、
和寿の抵抗が緩み、麗佳はその隙をつくようにもう一度キスをすると、今度は和寿も応えるように舌を搦めた。

ふたりはそのままホテルに入る。
事後、満足そうな麗佳に反し、和寿は少しばかり動揺しているようでもあった。



◆三日後(九月)
〇喫茶店近くのバー(夜)

和寿がいるかもしれないとバーに入った麗佳の予想通り、和寿がいた。
麗佳は当たり前のように隣に座るが、和寿は無表情だった。

麗佳「この間はすごくよかったです。ありがとうございました」
和寿「……」
麗佳「私、あんなに体の相性がいい人って初めてでした。あ、だからといって、もう強引に迫ったりしませんから」

にっこりと笑う麗佳に、和寿がなにか言いたげにしている。
麗佳は意味深に微笑むと、和寿の耳元に唇を寄せ、太ももに手を置く。

麗佳「でも、あなたが望むなら……私はいいですよ?」
和寿「……」
麗佳「だって、三回もしてくれたってことは、私とのセックスがよかったってことですよね?」

無言で見つめ合う麗佳と和寿。
程なくして、ふたりはホテルに向かう。
そして、これを機に一度きりの遊びから不倫関係へと発展する。

≪回想終了≫



麗佳「ふふっ……。やっぱり和寿さんとは毎日でもしたいくらい相性がいいな。あなたとはずっとこうしていたいし、奥さんにバレないでね?」
和寿「……ああ」

笑顔の麗佳に、和寿は言いたいことを飲み込むような顔をしていた。

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