愛憎を込めて毒を撃つ
第十四話
◆約半年後(翌年四月中旬)
〇スリースターバーガー(土曜日の朝)
学生時代からお馴染みの『スリバ』にいる里乃と潤。
朝限定のセットで朝食を済ませ、潤が車の鍵を見せる。
潤「じゃあ、行くか。最後の散財に」
里乃「うん!」
里乃は笑って頷き、潤も笑顔に。
ふたりは潤の車に乗り、ドライブへ繰り出す。
≪回想(里乃)≫
◆半年前~最近
〇色々な場所
この半年間、ふたりは和寿と麗佳から受け取った二百万円をそれぞれに使って、散財した。
カラオケ、バッティングセンター、ボーリング、ゲームセンター、土日二日間を使って当てもなく適当にドライブしたり、水族館や遊園地、マッサージ店、高級料亭やレストランなどに繰り出していた。
この散財でのルールはふたつあった。
ひとつは『物は買わない』。形に残る物には慰謝料を使いたくないというふたりの意見が一致したため。お土産もダメ、ゲームセンターでは景品が取れるようなものでは遊ばない。
もうひとつは、『写真は撮らない』。あとで写真を見返すと、『慰謝料で遊んだときのものだ』と思ってしまうため。
そのルールを守りつつ、この半年間で月に二度ほどのペースで会っては慰謝料を使って遊んできた。
≪回想終了≫
里乃(でも、今日で最後なんだよね。お互いに慰謝料は今日の分くらいしか残ってないし)
潤「里乃、とりあえず海が見たいんだっけ? 今の時期はまだ寒いと思うけど、大丈夫か?」
里乃「うん。潤はそれでいいの? 今日でこうして散財するのは終わりだし、潤のリクエストはないの?」
潤「いや、俺も今日は海に行きたかったから、ちょうどいいよ」
ドライブ中は他愛のない話をしたり、懐かしい音楽を聴いて思い出話をする。
高速道路に入り、適当に休憩を挟んで海が見える場所へ。
昼食には少し早いが、ちょうど通りがかったレストランのランチコースで昼食を済ませ、再び車に乗り込みドライブを楽しむ。
〇海岸沿い(昼~夕方)
里乃「やっぱり波打ち際まで来るとまだちょっと寒いね」
潤「そうだな」
里乃「でも、気持ちいい。波の音もなんだか落ち着くし、すごく綺麗な海だし、ずっとここにいたいかも」
潤「里乃は海が好きだったよな」
里乃「うん」
里乃(潤と付き合ってたとき、最後に行ったデートの場所が海だったな。潤はもう覚えてないだろうけど)
潤「俺たちが最後にデートした場所も海だったよな」
里乃「……覚えてたの?」
潤「忘れたことはなかったよ」
里乃「そのあとしばらくして、すれ違いが続いて別れたんだよね」
潤「……うん」
里乃は、潤も自分との思い出を覚えてくれていたことが嬉しい反面、それが遠い過去の思い出でしかないことに切なくなる。
ふたりはそのまま海岸を歩くが、里乃は寂しさが強くなってしまう。
里乃(もう潤と会うことはなくなるのかな? これからも会いたい気持ちもあるけど、私たちの関係は傷を舐め合うのと同じ。潤がいたからこそあの苦しみを乗り越えられて少しずつ立ち直れたけど、こうして一緒にいると私が麗佳さんのことを考える瞬間があるように、潤も和寿のことを思い出すよね……)
潤「就活はどう?」
里乃「ちょっと難航してる。条件とか考えるとなかなかね……」
苦笑する里乃に、潤が心配そうな顔を向ける。
里乃「この時期に決まってたら、担任も持てたかもしれなかったんだけど」
潤「もうしばらく実家にいさせてもらって、ゆっくり決めればいいんじゃないか?」
里乃「両親もそう言ってくれてるけど、いい加減に自立しなきゃ。離婚から半年経ったし、親だっていつまでも元気なわけじゃないしね。独身時代の貯金と離婚のときの財産分与があるから、今すぐお金に困るようなことはないんだけど」
潤「焦らなくていいと思うよ。里乃は結婚してもずっと保育士を続けてたから、ブランクはないんだし」
里乃「うん、そこは救いかな」
その後、お互いに口数が減っていく。
まるで今日で最後であることを認めたくないように今後の話はどちらもしないが、太陽が沈み始めたところで里乃が口を開く。
里乃「そろそろ帰った方がいいよね。家に着くまで時間がかかるし、渋滞になっちゃうかも。あ、晩ご飯はどうしようか? 最後だし、回らないお寿司とか行く?」
潤「里乃」
明るく振る舞う里乃に、潤が真剣な顔をする。
里乃は、今日が最後だと言われる予感を抱き、覚悟を決めたように切なげに微笑む。
潤「俺たち、もう一度付き合わないか」
里乃「えっ……」
潤「再会してからずっと、俺たちはお互いのパートナーにつけられた傷を舐め合ってきただけだったかもしれない。でも、俺は離婚して里乃と一緒に過ごすようになって、今日まで楽しかったんだ」
里乃(潤も同じ気持ちだったの?)
潤「一度は別れてるし、そもそも俺たちはサレ妻とサレ夫だった関係性だ。同じ痛みを知ってるからこそ、一緒にいればときにはまた傷の舐め合いになるかもしれないけど、俺は里乃と一緒にいたいと思ってる」
里乃「潤……」
潤「不倫されたこととか関係なく、俺はやっぱり里乃と一緒にいると心が安らぐし、居心地も好い。つまらないことで笑って、冗談を言い合って、ちょっと言い合いしたり昔話をしたり……。里乃とのそんな時間がすごく愛おしいと思う。もし、今すぐ考えるのが無理ならいくらでも待つ。だから、俺との未来を考えてくれないか?」
真っ直ぐな視線を向けてくる潤に、驚きを隠せない様子だった里乃が泣きそうな顔で微笑む。
里乃「私たちは同じ痛みを味わわされて……きっとお互いにとって一番の理解者だった。確かに、ずっと傷の舐め合いをしてきただけだったかもしれないけど、同じ苦しみを分かち合った唯一の戦友だったとも思う」
潤「うん」
里乃「潤がいてくれたから、私は立ち直れた。潤との時間が昔よりもずっと大切になった。だから、これからもふたりで一緒にいて、くだらないことで笑ったり、つまらないことで言い合ったり、ときには過去を慰め合って……。でも、一緒に前を向いて歩いていこうよ。潤となら、それができると思うから」
潤「里乃……」
眉を下げた微笑んだ潤が、里乃をそっと抱きしめる。
人気のない海岸沿いで、ふたりはキスを交わした。
〇海から程近いホテル(夕方~夜)
里乃と潤は何度もキスを交わし、ベッドで絡み合う。
少し照れくさそうにする里乃と、熱を孕んだ瞳で想いを紡ぎ里乃を求める潤。
想いをぶつけあうように抱き合ったあと、潤が里乃に腕枕をして寄り添うようにしていた。
潤「ひとつ提案があるんだけど」
里乃「うん?」
潤「一緒に住まないか?」
里乃「え?」
潤「焦ってるつもりはないけど、正直に言うと俺は里乃との結婚を考えてるし、さっきの告白もそういうつもりだった」
里乃「結婚って……」
潤「時間が欲しいなら少し待つよ。でも、できれば早く一緒に住んで、理想はクリスマスの頃に籍を入れられたらなって思ってる」
潤の提案に驚く里乃だが、喜びも大きい。
しかし、こんなに大事なことを今すぐに決めていいのか……と戸惑った様子だった。
潤「重く捉えすぎないでほしんだけどさ」
里乃「……うん」
潤「俺、いずれは里乃との子どもが欲しいと思ってるんだ」
里乃「……」
潤「お互いにいい歳だし、もしかしたら授かれないかもしれない。それならそれで里乃とふたりで生きていこうって思ってるけど、まずは子どものことを考えたいんだ。もちろん、里乃にも考えやタイミングはあるだろうし、しっかり話し合ってふたりで納得する答えを探せたら……って」
里乃「……ッ、嬉しい……」
里乃は涙を浮かべて潤に抱き着き、潤はそんな里乃の頭を優しく撫でる。
潤「正社員で働くのは少し待ってくれないか?」
里乃「え?」
潤「正社員になってすぐに子どもができたら、里乃の体調は大きく変わるかもしれないし、職場で肩身の狭い思いをすることもあるかもしれない。俺もできる限りのことはするけど、どうしても妊娠や出産は男にできることは限られてて、女性の方が負担を負うことになるだろ? だから、可能なら里乃にはパートのままでいてもらって、籍を入れてすぐに妊活できたらって考えてるんだけど。あ、生活費の心配とかはしなくていいからさ」
里乃「……」
潤「俺たちの年齢を考えると、子どもが欲しいならまずはそれを一番に考えるべきだと思うんだ。もちろん、里乃が正社員で働きたいなら尊重するけど、俺の考えも知っていてほしい」
里乃(潤はこんなに色々考えててくれてたんだ……。ただ子どもが欲しいってことじゃなくて、私の気持ちや考え方を尊重しようとしてくれてる。それがすごく嬉しい)
潤「里乃の気持ちを最優先にしたいから、どうしたいとか嫌なこととか、これからふたりでたくさん話し合っていこう。俺の気持ちも言うし、里乃の気持ちもちゃんと聞くから」
里乃「うん……。ありがとう、潤」
幸せそうに微笑む里乃と潤は、どちらからともなくキスを交わす。
〇スリースターバーガー(土曜日の朝)
学生時代からお馴染みの『スリバ』にいる里乃と潤。
朝限定のセットで朝食を済ませ、潤が車の鍵を見せる。
潤「じゃあ、行くか。最後の散財に」
里乃「うん!」
里乃は笑って頷き、潤も笑顔に。
ふたりは潤の車に乗り、ドライブへ繰り出す。
≪回想(里乃)≫
◆半年前~最近
〇色々な場所
この半年間、ふたりは和寿と麗佳から受け取った二百万円をそれぞれに使って、散財した。
カラオケ、バッティングセンター、ボーリング、ゲームセンター、土日二日間を使って当てもなく適当にドライブしたり、水族館や遊園地、マッサージ店、高級料亭やレストランなどに繰り出していた。
この散財でのルールはふたつあった。
ひとつは『物は買わない』。形に残る物には慰謝料を使いたくないというふたりの意見が一致したため。お土産もダメ、ゲームセンターでは景品が取れるようなものでは遊ばない。
もうひとつは、『写真は撮らない』。あとで写真を見返すと、『慰謝料で遊んだときのものだ』と思ってしまうため。
そのルールを守りつつ、この半年間で月に二度ほどのペースで会っては慰謝料を使って遊んできた。
≪回想終了≫
里乃(でも、今日で最後なんだよね。お互いに慰謝料は今日の分くらいしか残ってないし)
潤「里乃、とりあえず海が見たいんだっけ? 今の時期はまだ寒いと思うけど、大丈夫か?」
里乃「うん。潤はそれでいいの? 今日でこうして散財するのは終わりだし、潤のリクエストはないの?」
潤「いや、俺も今日は海に行きたかったから、ちょうどいいよ」
ドライブ中は他愛のない話をしたり、懐かしい音楽を聴いて思い出話をする。
高速道路に入り、適当に休憩を挟んで海が見える場所へ。
昼食には少し早いが、ちょうど通りがかったレストランのランチコースで昼食を済ませ、再び車に乗り込みドライブを楽しむ。
〇海岸沿い(昼~夕方)
里乃「やっぱり波打ち際まで来るとまだちょっと寒いね」
潤「そうだな」
里乃「でも、気持ちいい。波の音もなんだか落ち着くし、すごく綺麗な海だし、ずっとここにいたいかも」
潤「里乃は海が好きだったよな」
里乃「うん」
里乃(潤と付き合ってたとき、最後に行ったデートの場所が海だったな。潤はもう覚えてないだろうけど)
潤「俺たちが最後にデートした場所も海だったよな」
里乃「……覚えてたの?」
潤「忘れたことはなかったよ」
里乃「そのあとしばらくして、すれ違いが続いて別れたんだよね」
潤「……うん」
里乃は、潤も自分との思い出を覚えてくれていたことが嬉しい反面、それが遠い過去の思い出でしかないことに切なくなる。
ふたりはそのまま海岸を歩くが、里乃は寂しさが強くなってしまう。
里乃(もう潤と会うことはなくなるのかな? これからも会いたい気持ちもあるけど、私たちの関係は傷を舐め合うのと同じ。潤がいたからこそあの苦しみを乗り越えられて少しずつ立ち直れたけど、こうして一緒にいると私が麗佳さんのことを考える瞬間があるように、潤も和寿のことを思い出すよね……)
潤「就活はどう?」
里乃「ちょっと難航してる。条件とか考えるとなかなかね……」
苦笑する里乃に、潤が心配そうな顔を向ける。
里乃「この時期に決まってたら、担任も持てたかもしれなかったんだけど」
潤「もうしばらく実家にいさせてもらって、ゆっくり決めればいいんじゃないか?」
里乃「両親もそう言ってくれてるけど、いい加減に自立しなきゃ。離婚から半年経ったし、親だっていつまでも元気なわけじゃないしね。独身時代の貯金と離婚のときの財産分与があるから、今すぐお金に困るようなことはないんだけど」
潤「焦らなくていいと思うよ。里乃は結婚してもずっと保育士を続けてたから、ブランクはないんだし」
里乃「うん、そこは救いかな」
その後、お互いに口数が減っていく。
まるで今日で最後であることを認めたくないように今後の話はどちらもしないが、太陽が沈み始めたところで里乃が口を開く。
里乃「そろそろ帰った方がいいよね。家に着くまで時間がかかるし、渋滞になっちゃうかも。あ、晩ご飯はどうしようか? 最後だし、回らないお寿司とか行く?」
潤「里乃」
明るく振る舞う里乃に、潤が真剣な顔をする。
里乃は、今日が最後だと言われる予感を抱き、覚悟を決めたように切なげに微笑む。
潤「俺たち、もう一度付き合わないか」
里乃「えっ……」
潤「再会してからずっと、俺たちはお互いのパートナーにつけられた傷を舐め合ってきただけだったかもしれない。でも、俺は離婚して里乃と一緒に過ごすようになって、今日まで楽しかったんだ」
里乃(潤も同じ気持ちだったの?)
潤「一度は別れてるし、そもそも俺たちはサレ妻とサレ夫だった関係性だ。同じ痛みを知ってるからこそ、一緒にいればときにはまた傷の舐め合いになるかもしれないけど、俺は里乃と一緒にいたいと思ってる」
里乃「潤……」
潤「不倫されたこととか関係なく、俺はやっぱり里乃と一緒にいると心が安らぐし、居心地も好い。つまらないことで笑って、冗談を言い合って、ちょっと言い合いしたり昔話をしたり……。里乃とのそんな時間がすごく愛おしいと思う。もし、今すぐ考えるのが無理ならいくらでも待つ。だから、俺との未来を考えてくれないか?」
真っ直ぐな視線を向けてくる潤に、驚きを隠せない様子だった里乃が泣きそうな顔で微笑む。
里乃「私たちは同じ痛みを味わわされて……きっとお互いにとって一番の理解者だった。確かに、ずっと傷の舐め合いをしてきただけだったかもしれないけど、同じ苦しみを分かち合った唯一の戦友だったとも思う」
潤「うん」
里乃「潤がいてくれたから、私は立ち直れた。潤との時間が昔よりもずっと大切になった。だから、これからもふたりで一緒にいて、くだらないことで笑ったり、つまらないことで言い合ったり、ときには過去を慰め合って……。でも、一緒に前を向いて歩いていこうよ。潤となら、それができると思うから」
潤「里乃……」
眉を下げた微笑んだ潤が、里乃をそっと抱きしめる。
人気のない海岸沿いで、ふたりはキスを交わした。
〇海から程近いホテル(夕方~夜)
里乃と潤は何度もキスを交わし、ベッドで絡み合う。
少し照れくさそうにする里乃と、熱を孕んだ瞳で想いを紡ぎ里乃を求める潤。
想いをぶつけあうように抱き合ったあと、潤が里乃に腕枕をして寄り添うようにしていた。
潤「ひとつ提案があるんだけど」
里乃「うん?」
潤「一緒に住まないか?」
里乃「え?」
潤「焦ってるつもりはないけど、正直に言うと俺は里乃との結婚を考えてるし、さっきの告白もそういうつもりだった」
里乃「結婚って……」
潤「時間が欲しいなら少し待つよ。でも、できれば早く一緒に住んで、理想はクリスマスの頃に籍を入れられたらなって思ってる」
潤の提案に驚く里乃だが、喜びも大きい。
しかし、こんなに大事なことを今すぐに決めていいのか……と戸惑った様子だった。
潤「重く捉えすぎないでほしんだけどさ」
里乃「……うん」
潤「俺、いずれは里乃との子どもが欲しいと思ってるんだ」
里乃「……」
潤「お互いにいい歳だし、もしかしたら授かれないかもしれない。それならそれで里乃とふたりで生きていこうって思ってるけど、まずは子どものことを考えたいんだ。もちろん、里乃にも考えやタイミングはあるだろうし、しっかり話し合ってふたりで納得する答えを探せたら……って」
里乃「……ッ、嬉しい……」
里乃は涙を浮かべて潤に抱き着き、潤はそんな里乃の頭を優しく撫でる。
潤「正社員で働くのは少し待ってくれないか?」
里乃「え?」
潤「正社員になってすぐに子どもができたら、里乃の体調は大きく変わるかもしれないし、職場で肩身の狭い思いをすることもあるかもしれない。俺もできる限りのことはするけど、どうしても妊娠や出産は男にできることは限られてて、女性の方が負担を負うことになるだろ? だから、可能なら里乃にはパートのままでいてもらって、籍を入れてすぐに妊活できたらって考えてるんだけど。あ、生活費の心配とかはしなくていいからさ」
里乃「……」
潤「俺たちの年齢を考えると、子どもが欲しいならまずはそれを一番に考えるべきだと思うんだ。もちろん、里乃が正社員で働きたいなら尊重するけど、俺の考えも知っていてほしい」
里乃(潤はこんなに色々考えててくれてたんだ……。ただ子どもが欲しいってことじゃなくて、私の気持ちや考え方を尊重しようとしてくれてる。それがすごく嬉しい)
潤「里乃の気持ちを最優先にしたいから、どうしたいとか嫌なこととか、これからふたりでたくさん話し合っていこう。俺の気持ちも言うし、里乃の気持ちもちゃんと聞くから」
里乃「うん……。ありがとう、潤」
幸せそうに微笑む里乃と潤は、どちらからともなくキスを交わす。