愛憎を込めて毒を撃つ

第一話

◆春(四月末)
〇ひまわり保育園(昼)

園児たちに囲まれる里乃は、笑顔でいる。
園児のマミが、里乃に内緒話の姿勢でこっそり母親の妊娠を打ち明ける。

マミ「ねぇねぇ、ひみつなんだけどね、わたしもうすぐおねえちゃんになるの」
里乃「え?」
マミ「ママのおなかに、あかちゃんがいるんだって。りのせんせいはだいすきだから、とくべつにおしえてあげるの」
里乃「そっか。よかったね。マミちゃんはお友達に優しくできる素敵な子だから、いいお姉ちゃんになれるね」

はにかみながら喜ぶ女児に、里乃は複雑な気持ちを抱えながらも笑顔を崩さなかった。



〇新村家のキッチン(夜)

結婚と同時に新築で購入した一軒家は4LDKで、リビングに面したキッチンはカウンター式。
夕食の準備中の里乃は、昼間の女児の言葉が頭から離れずため息を漏らす。

里乃(マミちゃんのママって、確か二十代後半だって言ってたよね。あの若さでもう三人目かぁ……)
和寿「ただいま」
里乃「おかえりなさい。今日は早かったんだね」
和寿「ああ。ご飯、まだできてないんだ?」
里乃「あ、ごめんね。和寿がこんなに早く帰ってくると思わなくて……」
和寿「……別にいいよ」
里乃「ご飯はあと少しでできるけど、先にお風呂に入る? もう沸いてるよ」
和寿「じゃあ、そうするよ」

和寿は少し不満そうにしつつもバスルームに向かい、里乃は夕食の支度を続ける。
夕食を食べているときには「おいしいよ」などと優しい言葉をかける和寿に、里乃は安堵し、食後は片付けなどを済ませてからお風呂へ。



〇新村家の寝室(夜)

里乃が寝室に行くとダウンライトのみが点けられ、和寿はベッドに入っていた。
クイーンサイズのベッドにいる和寿はドア側に背中を向けており、眠っているのか起きているのかわからない。
いつも帰宅が遅い和寿だが、たまに早く帰ってきてもこうして先にベッドに入ってしまうため、里乃はずっとすれ違いに悩んでいる。
しかも、二年前からセックスレスだった。
里乃が『そろそろ子どもが欲しいな』と妊活の話を切り出したあとから、和寿はあからさまにセックスを避けるようになり、そのままレスに。
そのため、里乃は妊活をしたいと思っているが、和寿は本心では子どもを望んでいないのかと思い、どうすればいいのかわからない。

里乃「……和寿、もう寝た?」
和寿「……いや」
里乃「今日ね、保育園の四歳児クラスの女の子が『お姉ちゃんになるんだ』って教えてくれたの。その子のママが妊娠したみたい」
和寿「ふーん……」
里乃「その子はお兄ちゃんとふたり兄妹だったから、自分がお姉ちゃんになれるのが嬉しいみたいで――」
和寿「里乃」
里乃「……」
和寿「疲れてるんだ。久しぶりに早く帰れたし、もう寝るよ」
里乃「……そっか。うん、おやすみ……」
和寿「おやすみ」

上を向いて話を聞いていた和寿が、再び里乃に背中を向けてしまう。
夫婦として会話がないわけではないし、たまに軽いキスならするが、それ以上のスキンシップはもうずっとない。
里乃は伸ばしかけた手を引っ込め、自身も和寿から少し離れて背中合わせで身を横たえ、虚しさに包まれる。

里乃(これからもずっとこうなのかな……)



◆約半月後の土曜日(五月中旬)
〇都内のレストラン(夜)

数年ぶりに開催された高校の同窓会に出席し、友人たちと青春時代を懐かしむように談笑し、近況報告をし合う里乃。
当時仲良くしていた友人たちとは、それぞれの生活環境の変化に伴って疎遠になっていたが、顔を合わせるとまるであの頃に戻ったような気持ちになる。
しかし、既婚者の友人たちの子どもの話題に及ぶと、里乃の表情が少し暗くなる。

友人1「五歳児と小二と小五の男の子が三人だと毎日が戦争だよ」
友人2「まだ可愛い年齢じゃない。うちの娘なんて今は中三だけど、小六からずっと反抗期よ。毎日どれだけ喧嘩するか……。息子も最近は反抗ばっかりだし」
友人1「でも、旦那さんが協力的なんでしょ? うちは旦那がちっとも育児に参加しないからワンオペで……。だから羨ましいよ」
友人3「ふたりともちゃんとママやってるんだね。私には考えられないし、まだ独身でいいかなー。里乃のところは子どもはまだだよね?」
里乃「う、うん……」

友人たちの視線が里乃に注がれ、里乃は子どもについて追及されるかもしれないと思い身構える。
そこへ里乃の元カレの潤が現れ、潤は瞬く間にみんなに囲まれる。
友人たちの話題も潤のことになる。

友人1「氷室くんだ」
友人2「本当だ。里乃、話しかけに行けば?」
里乃「え? でも、今はみんなに囲まれてるし、私はあとで機会があれば……」
友人3「里乃と氷室くんは結婚するかと思ってたけど、結局はダメだったもんね。あの頃は楽しかったなー」

友人の言葉に少しだけ胸が痛んで苦笑する里乃のもとに、程なくして潤がやってくる。

潤「里乃、久しぶり」
里乃「うん、久しぶり。元気だった?」
潤「ああ。里乃はあんまり変わらないな」
里乃「そんなわけないでしょ。あれから何年経ったと思ってるの」

里乃と潤は懐かしさに目を細めるように会話をしつつも、自然とお互いの薬指の指輪を確認する。

潤「結婚したんだよな」
里乃「うん。潤もでしょ?」
潤「……ああ」

その後、潤は友人に呼ばれて、男性グループのところへ。
里乃は、友人たちにからかわれる。

友人3「ちょっと~。なんだか甘酸っぱい雰囲気じゃなかった? 焼け木杭に火が点くかもよ?」
里乃「そんなわけないでしょ。もうお互い結婚してるんだし、潤と別れたのは短大生のときだよ」
友人1「未練どころか、あの頃の気持ちも遠いよね~。私なんて毎日育児に追われて、高校時代のピュアな自分も思い出せないよ」
友人2「みんな、もういい歳だもんねー。男子は禿げてる奴もいるし、私も十代の頃なんて見る影もないほど太ったし」

四人は冗談めかしたように笑う。
そんな里乃を少し離れた場所から見つめる潤は、意味深な表情をしていた。

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