愛憎を込めて毒を撃つ
第六話
〇カラオケボックス(夜)
自分が知ってることをすべて打ち明けた潤に、里乃はしばらく言葉を失っていた。
潤は呆然としている里乃に掛ける言葉を見つけられない様子で、ふたりの間には沈黙が下りる。
里乃「不倫されてたことに半年以上も気づかなかったなんて……」
里乃(しかも、潤が持ってる情報がこの半年ほどのものだけってことで、実際にはどうかわからないんだよね……。いったい、いつからだったの……?)
潤「俺もすぐに気づけなかったから……。自分の帰宅が遅い日が多かったとはいえ、疑いもしてなかった……。でも、これが現実なんだよな……」
里乃(サレ妻なんてネットやテレビで見ても、他人事だと思ってた……)
里乃「変なの……」
潤「え?」
里乃「私の夫……和寿の相手が潤の奥さんだなんて……どういう巡り合わせなんだろうね……」
里乃は絶望しているような顔で、明らかに涙をこらえている。
気丈に振る舞っているが、里乃が噛みしめている唇やこぶしを握っている手は小さく震えていた。
潤「里乃はこれからどうしたい?」
里乃「……」
潤「旦那の不倫を知ったばかりで、今すぐに決めるのは無理だと思うけど……知った以上は今まで通りってわけにはいかないだろ……」
里乃「潤はどうするつもりなの……?」
潤「正直……まだどうするべきか決断はできてない……。夫婦としてやっていく自信がなくなってるけど、それでも愛情が完全になくなったわけじゃないんだ……」
里乃「……」
潤「でも、今まで通りに振る舞えなくなってて……」
里乃「そうだよね……」
潤「麗佳も、多少は俺の態度に違和感を持ってると思う」
里乃「奥さんからなにか言われたの?」
潤「いや……。でも……」
里乃「……?」
潤「麗佳の不倫を知ってからレスなんだ……」
里乃「えっ……」
潤の言葉に目を見開く里乃だったが、レスに至った経緯こそ違えども、なんとなく親近感のような安心感のような複雑な感情が芽生える。
潤は、深いため息をついた。
潤「夫婦生活はもともと多い方じゃなかったかもしれないけど、たぶん少ないってわけでもなかった。でも、まったくなくなったんだ……麗佳だって不思議に思ってるはずだ。ただ、嫌悪感が強くて、最近は同じベッドで眠るのも無理な日がある……」
里乃「……そうだよね」
里乃(私もこの数日は同じベッドで眠るのが嫌だったし、ほとんど眠れなかった……。潤は半年もこんな気持ちでいるってことなんだよね……。これからは私もずっと苦しまなきゃいけないの……?)
里乃の瞳から涙が零れる。
里乃は不倫を現実だと受け止め始めている一方で、まだどこか和寿の不倫を信じたくない様子でいる。
和寿への愛情や幸せだった頃の思い出が里乃をいっそう戸惑わせる。
潤「どっちにしても、このままってわけにはいかない……」
里乃(そうだよね……)
潤「これが現実なのは変わらないし、知った以上は見て見ぬふりをし続けるのはつらいから……。それに……里乃には俺みたいな思いを抱えて結婚生活を送ってほしくない……」
里乃「潤……」
潤「だったら、最初から教えるなよって話だよな……。でも、本心なんだ……」
里乃「……」
潤「俺は麗佳の不倫を知ってから苦しくて仕方がない……。最近は諦めに近い感情を抱くこともあるけど、離婚するならまだしも、そうじゃないなら一生自分の中だけにとどめていくのは無理だと思ってる……」
里乃「うん……」
潤「だから、里乃もよく考えてほしい……。自分がどうしたいのか……」
里乃はなにも言えなかったが、現実と向き合うしかないことはわかっている。
潤もそれ以上なにも言わず、里乃の涙が止まるまで黙って待ってくれていた。
付き合っていた頃のように涙を拭ってもらうわけにもいかず、里乃は和寿が帰宅する時間を気にしている自分に嘲笑を漏らしながらも涙を拭う。
里乃「そろそろ帰らなきゃ……」
潤「ここは払っておくから先に出て。これからどうするにせよ、万が一にも一緒にいるところは見られない方がいいと思うから」
里乃「うん……」
潤「ひとりで大丈夫?」
里乃(全然大丈夫じゃないよ……。でも、ひとりで帰るしかないじゃない……)
里乃「うん……」
潤「……また連絡して。俺も自分の意思が決まったら、連絡する」
里乃は小さく頷き、ひとりでカラオケボックスを後にする。
〇新村家の里乃の部屋(夜)
帰宅後、里乃はお風呂に入るが、湯船に浸かりながら涙が止まらない。
リビングに【少し体調が良くないので先に寝ます】と書置きを残し、自室に客用布団を敷いて横になる。
そこへ和寿が帰宅した気配がする。
和寿は寝室に里乃の姿がないことを確認して、里乃の部屋に。
和寿「……里乃?」
小声で声を掛けた和寿に背中を向けている里乃は、鼻の辺りまで布団を被っているが、和寿が里乃の額にそっと触れて体温を確認する。
和寿の行動の意図に気づいた里乃は涙をこらえるが、和寿がすぐに部屋から出て行ったあとには声を押し殺して泣く。
里乃(不倫してるくせに……)
里乃「裏切者……」
里乃(潤の奥さんとセックスしてきたくせに……)
里乃「最低……」
里乃(私にはキスもほとんどしてくれないくせに……)
里乃の心の中は嫌悪感でいっぱいで、潤に触れられた額をごしごしと擦る。
涙は止まらず、朝まで眠れない。
〇新村家のリビング(朝)
和寿「おはよう、里乃。体調は大丈夫なのか?」
里乃「うん……。ちょっと貧血気味だったみたい。朝ご飯できてるから食べててね」
和寿「里乃は?」
里乃「私、ちょっと寝過ごしたから先にメイクしてくる」
和寿「そうか。じゃあ、いただきます」
普段通りに朝食を食べる和寿を余所に、里乃は和寿の顔をまともに見られないまま自室へ。
暗い表情のままメイクをする。
里乃(離婚しないなら……ずっとこんな気持ちでいなきゃいけないの? でも、和寿と離婚するなんて……。そもそも、和寿は私への愛情がもうないから不倫なんてしてるの? それとも、遊びや一時の気の迷い?)
泣きそうになりながらもなんとかメイクを終えると、ドアがノックされて和寿が入ってくる。
和寿「俺、そろそろ出るから」
里乃「うん、いってらっしゃい」
和寿「……里乃」
里乃「っ」
顔を近づけてきた和寿を、里乃は咄嗟に避けてしまう。
和寿は驚いたような顔をするが、すぐに平静を装ったような面持ちになる。
和寿「いってきます」
里乃は、部屋から出ていく和寿になにも言えない上、和寿に対して鳥肌が立つほどの嫌悪感を抱いたことを自覚する。
里乃(どうして平気でキスしようとするの……。潤の奥さんとキスもセックスもしたんでしょ? 無理だよ……気持ち悪い……)
里乃「こんなの……どうすればいいの……」
里乃は出勤しても仕事に身が入らず、そのたびに子どもの命を預かる仕事なのに……と自己嫌悪に陥る。
しかし、そんな里乃に追い打ちをかけるように、帰宅後に和寿から【今夜も残業だから夕飯はいらない】とメッセージが送られてくるのだった。
里乃(今夜もあの人と会うの……? 私とはしないセックスをするの?)
嫌悪感に憎悪や嫉妬が混じっていき、里乃は歪んだ表情でスマホを強く握った。
自分が知ってることをすべて打ち明けた潤に、里乃はしばらく言葉を失っていた。
潤は呆然としている里乃に掛ける言葉を見つけられない様子で、ふたりの間には沈黙が下りる。
里乃「不倫されてたことに半年以上も気づかなかったなんて……」
里乃(しかも、潤が持ってる情報がこの半年ほどのものだけってことで、実際にはどうかわからないんだよね……。いったい、いつからだったの……?)
潤「俺もすぐに気づけなかったから……。自分の帰宅が遅い日が多かったとはいえ、疑いもしてなかった……。でも、これが現実なんだよな……」
里乃(サレ妻なんてネットやテレビで見ても、他人事だと思ってた……)
里乃「変なの……」
潤「え?」
里乃「私の夫……和寿の相手が潤の奥さんだなんて……どういう巡り合わせなんだろうね……」
里乃は絶望しているような顔で、明らかに涙をこらえている。
気丈に振る舞っているが、里乃が噛みしめている唇やこぶしを握っている手は小さく震えていた。
潤「里乃はこれからどうしたい?」
里乃「……」
潤「旦那の不倫を知ったばかりで、今すぐに決めるのは無理だと思うけど……知った以上は今まで通りってわけにはいかないだろ……」
里乃「潤はどうするつもりなの……?」
潤「正直……まだどうするべきか決断はできてない……。夫婦としてやっていく自信がなくなってるけど、それでも愛情が完全になくなったわけじゃないんだ……」
里乃「……」
潤「でも、今まで通りに振る舞えなくなってて……」
里乃「そうだよね……」
潤「麗佳も、多少は俺の態度に違和感を持ってると思う」
里乃「奥さんからなにか言われたの?」
潤「いや……。でも……」
里乃「……?」
潤「麗佳の不倫を知ってからレスなんだ……」
里乃「えっ……」
潤の言葉に目を見開く里乃だったが、レスに至った経緯こそ違えども、なんとなく親近感のような安心感のような複雑な感情が芽生える。
潤は、深いため息をついた。
潤「夫婦生活はもともと多い方じゃなかったかもしれないけど、たぶん少ないってわけでもなかった。でも、まったくなくなったんだ……麗佳だって不思議に思ってるはずだ。ただ、嫌悪感が強くて、最近は同じベッドで眠るのも無理な日がある……」
里乃「……そうだよね」
里乃(私もこの数日は同じベッドで眠るのが嫌だったし、ほとんど眠れなかった……。潤は半年もこんな気持ちでいるってことなんだよね……。これからは私もずっと苦しまなきゃいけないの……?)
里乃の瞳から涙が零れる。
里乃は不倫を現実だと受け止め始めている一方で、まだどこか和寿の不倫を信じたくない様子でいる。
和寿への愛情や幸せだった頃の思い出が里乃をいっそう戸惑わせる。
潤「どっちにしても、このままってわけにはいかない……」
里乃(そうだよね……)
潤「これが現実なのは変わらないし、知った以上は見て見ぬふりをし続けるのはつらいから……。それに……里乃には俺みたいな思いを抱えて結婚生活を送ってほしくない……」
里乃「潤……」
潤「だったら、最初から教えるなよって話だよな……。でも、本心なんだ……」
里乃「……」
潤「俺は麗佳の不倫を知ってから苦しくて仕方がない……。最近は諦めに近い感情を抱くこともあるけど、離婚するならまだしも、そうじゃないなら一生自分の中だけにとどめていくのは無理だと思ってる……」
里乃「うん……」
潤「だから、里乃もよく考えてほしい……。自分がどうしたいのか……」
里乃はなにも言えなかったが、現実と向き合うしかないことはわかっている。
潤もそれ以上なにも言わず、里乃の涙が止まるまで黙って待ってくれていた。
付き合っていた頃のように涙を拭ってもらうわけにもいかず、里乃は和寿が帰宅する時間を気にしている自分に嘲笑を漏らしながらも涙を拭う。
里乃「そろそろ帰らなきゃ……」
潤「ここは払っておくから先に出て。これからどうするにせよ、万が一にも一緒にいるところは見られない方がいいと思うから」
里乃「うん……」
潤「ひとりで大丈夫?」
里乃(全然大丈夫じゃないよ……。でも、ひとりで帰るしかないじゃない……)
里乃「うん……」
潤「……また連絡して。俺も自分の意思が決まったら、連絡する」
里乃は小さく頷き、ひとりでカラオケボックスを後にする。
〇新村家の里乃の部屋(夜)
帰宅後、里乃はお風呂に入るが、湯船に浸かりながら涙が止まらない。
リビングに【少し体調が良くないので先に寝ます】と書置きを残し、自室に客用布団を敷いて横になる。
そこへ和寿が帰宅した気配がする。
和寿は寝室に里乃の姿がないことを確認して、里乃の部屋に。
和寿「……里乃?」
小声で声を掛けた和寿に背中を向けている里乃は、鼻の辺りまで布団を被っているが、和寿が里乃の額にそっと触れて体温を確認する。
和寿の行動の意図に気づいた里乃は涙をこらえるが、和寿がすぐに部屋から出て行ったあとには声を押し殺して泣く。
里乃(不倫してるくせに……)
里乃「裏切者……」
里乃(潤の奥さんとセックスしてきたくせに……)
里乃「最低……」
里乃(私にはキスもほとんどしてくれないくせに……)
里乃の心の中は嫌悪感でいっぱいで、潤に触れられた額をごしごしと擦る。
涙は止まらず、朝まで眠れない。
〇新村家のリビング(朝)
和寿「おはよう、里乃。体調は大丈夫なのか?」
里乃「うん……。ちょっと貧血気味だったみたい。朝ご飯できてるから食べててね」
和寿「里乃は?」
里乃「私、ちょっと寝過ごしたから先にメイクしてくる」
和寿「そうか。じゃあ、いただきます」
普段通りに朝食を食べる和寿を余所に、里乃は和寿の顔をまともに見られないまま自室へ。
暗い表情のままメイクをする。
里乃(離婚しないなら……ずっとこんな気持ちでいなきゃいけないの? でも、和寿と離婚するなんて……。そもそも、和寿は私への愛情がもうないから不倫なんてしてるの? それとも、遊びや一時の気の迷い?)
泣きそうになりながらもなんとかメイクを終えると、ドアがノックされて和寿が入ってくる。
和寿「俺、そろそろ出るから」
里乃「うん、いってらっしゃい」
和寿「……里乃」
里乃「っ」
顔を近づけてきた和寿を、里乃は咄嗟に避けてしまう。
和寿は驚いたような顔をするが、すぐに平静を装ったような面持ちになる。
和寿「いってきます」
里乃は、部屋から出ていく和寿になにも言えない上、和寿に対して鳥肌が立つほどの嫌悪感を抱いたことを自覚する。
里乃(どうして平気でキスしようとするの……。潤の奥さんとキスもセックスもしたんでしょ? 無理だよ……気持ち悪い……)
里乃「こんなの……どうすればいいの……」
里乃は出勤しても仕事に身が入らず、そのたびに子どもの命を預かる仕事なのに……と自己嫌悪に陥る。
しかし、そんな里乃に追い打ちをかけるように、帰宅後に和寿から【今夜も残業だから夕飯はいらない】とメッセージが送られてくるのだった。
里乃(今夜もあの人と会うの……? 私とはしないセックスをするの?)
嫌悪感に憎悪や嫉妬が混じっていき、里乃は歪んだ表情でスマホを強く握った。