泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
病院へ駆けつけると入口で紗良と海斗が待っていた。
「紗良!」
「杏介さん、わざわざ来てもらってごめんなさい。私、動揺してしまって電話をかけちゃって」
「そんなことはいいんだ。お母さんは?」
「朝起きたらなんか変だなって思って慌てて救急車を呼んだの。脳梗塞が再発したみたいで……あまり状態はよくなくて」
「再発……?」
コクンと紗良は頷く。
紗良の母親に持病があり通院しているとは聞いていたが、それが脳梗塞だったとは知らず杏介は背中に冷たい汗が流れる。
だが紗良は、電話の時のあの消えそうな声とは違いずいぶん落ちついている。
「せっかく来てもらったんだけど、私、一度家に帰って入院の準備をしてきます。海斗もごめんね、一回家に帰ろうか」
「うん。おなかすいた」
「あっ、そうだよね。ご飯食べてなかったね」
着の身着のまま、といったところだろうか。
紗良は普段着に着替えているが、海斗はどう見てもパジャマ姿だ。
朝早かったために寝ている海斗を抱えて連れてきたのだ。
「俺コンビニで何か買っていくから、とりあえず家に戻りな。車で来てるんだろう?」
「杏介さん……」
そんな迷惑はかけられない、と首を横に振ろうとするも杏介は海斗の手を引いて駐車場へ歩き出す。
慌てて紗良も歩き出すが、ふと向けられる柔らかな視線。
「紗良。一番に俺を頼れって言っただろ。気にするなよ」
「……うん」
緊張の糸が一気に切れた気がした。
紗良の目にはじわりと涙が浮かぶ。
杏介の袖を控えめに掴めば、杏介はそれを柔らかく絡み取ってしっかりと握った。
「あー!せんせーとさらねえちゃんも、てぇつないでるー。かいとといっしょー!」
海斗が無邪気に茶化し、紗良も杏介も沈んでいた気分が少しだけ上向きになるようでふふっと笑った。