泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
海斗はもう保育園の年長児だ。
されどまだ年長児。
できることは増え、我慢することも覚えた。それがきちんとできるときもあれば、まだまだ聞き分けがないときだってある。何より遊びたい盛り。
口を開けば「さらねえちゃん」と呼ぶ。
その呼びかけに応えながら何かをすることはなかなかに時間がかかるしストレスにもなる。
けれど今日は杏介がいて、海斗のことを見ていてくれて、それがどんなに助かっていることか。
紗良はカバンに母の荷物を詰めながら、それを嫌というほど実感した。
「海斗、もう一回病院行くよ。出かける前にトイレ行って」
「紗良。俺も行こうか?」
「そんな迷惑はかけられないよ」
「だったら、家で海斗と留守番していようか。その方が紗良も動きやすいだろう?」
「そう、かもだけど……」
口ごもる紗良が何を言おうとしているのか、もう杏介はわかっている。
だから先にはっきりと告げる。
「迷惑じゃない。俺が紗良のために何かしたいだけだ」
「……じゃあ。……海斗、先生とお家で待っていられる?」
「いいよー」
少しは抵抗を見せるかと思っていたが、海斗はあっさりと頷いた。
拍子抜けしてしまったのは紗良の方だ。
海斗は杏介にぴったりくっついたまま、真剣に絵本のひらがなを追っている。
「大丈夫だよ、紗良。いっておいで」
杏介がそう言うので、紗良は小さく頷いてから「いってきます」と家を出た。
一人は思った以上に身軽だった。