泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
紗良は散らかった折り紙を片付けながら、杏介は一生懸命海斗と遊んでくれたんだなと思いを馳せた。

隣には海斗がいるというのに、急に大きな存在が目の前から消えてしまったような感覚に陥りもの悲しさを覚える。
それにいつも元気な母がいないことも、妙に家が広く感じて仕方がない。

初めて母が脳梗塞になったときは意識がなく、生きるか死ぬかという山を乗り越えた。
幸いグングン回復して支障となる大きな後遺症も残らず、元の生活に戻った。
変わったことといえば、車の免許を返納したことと定期的な通院をするようになったこと。

その時に、紗良は「母が死ぬかもしれない」ということを嫌というほど経験したし、医者から「脳梗塞は再発することがある」と聞かされていた。

そしてその後の姉夫婦の事故死でも、紗良は心を抉られるくらいに「死」というものに対して考えさせられた。

だからいつか何かがあったときの「覚悟」はあった。
していたつもりだった。

けれど月日が流れ当たり前に生活できているとそんな「覚悟」も頭の隅に追いやられ薄れていく。

母はICUに入っているが意識はある。
順調にいけば一週間ほどで一般病棟に移りリハビリが始まると医師から説明を受けた。
ただいつ急変してもおかしくないのが脳梗塞だ。
元の生活に戻れるかもわからない。

そんな漠然とした不安がふとした瞬間に大きくなって波のように紗良に襲いかかってくる。
どうしようもない恐怖に押しつぶされそうになるが、視界の端に海斗を捉えるたび、しっかりしなくてはと自分を鼓舞するのだった。
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