泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
「ねえ杏介くん、紗良のこと好いてくれてありがとうね。親はいくつになっても子供のことが気になっちゃってねぇ」
ふふふ、と紗良の母は笑う。
その表情はとてもやさしくて、眩しく見えた。
「いえ、羨ましい……気がします」
「そういえば杏介くんはあまり親と上手くいってないんだっけ?」
「そうですね。僕が避けているというか……」
言葉を濁すと母はぶはっと吹き出した。
「あはは! 親はいなくとも子は育つってね。いいんじゃない、そういう人生もありよね」
「そうですか? 僕はちょっと後悔もしていたりして――」
「あら、そうなの?」
「……出来れば仲良くやりたかったですね。今更ですけど」
「そっかぁ。でも今からでも遅くないかもね? まあ頑張りなさいって」
母は動く右手で杏介の腕をバシンと叩いた。
とても病人とは思えない力強さに驚くと共に勇気づけられるようだ。
「お母さん、お元気でなによりです。すぐ退院できるといいですね」
「そうでしょう?元気だけが取り柄なのよ、私。動かないのが利き手じゃなくてよかったわ」
紗良の母は明るく笑う。
杏介はその笑顔を見ているだけで救われるような気持ちになった。
同時に、自分も母とこうして笑い合えたらよかったのにとも感じて胸が痛くなる。
「杏介くん、紗良のことよろしくね」
「はい。また来ますね」
杏介はしっかりと頷いて、病室を後にした。