泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
自宅前には紗良の車が止まっており、カーテンの隙間から光が漏れている。
杏介はインターホンを鳴らす。
しばらく待つも、しんと静まり返って誰も出てこない。
紗良に電話をかけてみるもやはり反応はない。
「紗良?海斗?」
電気が点いているリビングの方へ行ってみようかと思っていると、おもむろにガチャリと玄関が開いた。
「海斗!」
「せんせー……」
飛び出してきた海斗は杏介の足にしがみつく。
今にも泣き出しそうな顔だ。
「どうした?紗良は?」
「ねてる」
「寝てる?」
「ねてるけど、おねつあるって」
「熱?!」
海斗に連れられて上がり込み、こっち、と案内された場所は階段の下だった。
「紗良?!」
床の上に寝そべった紗良の上には薄い布団が掛けられている。
近くにはぐっしょりと濡れたタオルも無造作に置かれていた。
「紗良!紗良!」
杏介が呼びかけると紗良はうっすらと目を開ける。
杏介さん……、と消えそうな声でつぶやいた。
「どうした?熱があるって?倒れたのか?」
「ううん、床……きもちいいから……」
そう答える紗良の息はずいぶんと荒れていてつらそうだ。
首もとを触れば計らずとも熱があるのだとわかる。
「杏介さんの手、冷たくてきもちいい……」
「……病院へ行こうか?」
そう問うも、紗良は弱々しく首を横に振る。
「海斗のがうつっただけ。寝てたら……ちょっとはよくなったし」
「かいとがおふとんもってきた!タオルもぬらした!さらねえちゃん、なおる?」
普段紗良と海斗は二階の寝室で寝ている。
結局意識を失うことはなかった紗良だったが、二階の寝室までは辿り着くことができなかった。
しだいに上がっていく熱に体がほてってくる。
フローリングの床が冷たくて気持ちがよかった。
海斗は当然紗良を布団まで運ぶことはできず、床に寝そべって「動けない」と呟く紗良に布団を掛けるべく、寝室からいつも使っている薄い布団を持ってきて掛けてやった。
そして海斗は自分が熱を出したとき、紗良が濡らしたタオルをおでこにのせてくれたのをよく覚えていた。
見よう見まねでタオルを濡らした結果が、近くに落ちているぐっしょりと濡れたタオルなのである。
「よく頑張ったな。海斗が看病してくれたから、すぐに治るよ」
杏介は海斗の頭を撫でる。
海斗は安心したように、ようやく笑顔を見せた。