泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
杏介は紗良を背に抱えて二階の寝室へ運んだ。
三つ折りにされていた布団を海斗が手慣れた手つきで敷いていく。

布団に寝かされた紗良は「イルカさん」と手を伸ばして胸に抱え込んだ。
水族館で杏介からプレゼントされたぬいぐるみだ。
それを見て杏介は目を細める。

「海斗ももう寝ようか?」

「せんせーかえっちゃう?」

「海斗が寝るまでここにいるよ」

「あさまでいてほしい……」

海斗は杏介の手を握る。
小さな手で杏介を自分の布団に引きずり込むと、杏介の体にぴっとりとくっつく。
隣では紗良がイルカのぬいぐるみを抱きしめて、すーすーと小さな寝息を立てていた。

この小さな手に、どれだけの責任がのしかかっていたのだろうか。
頼る人がいなくて不安だっただろう。
考えるだけで心が痛むようだ。

「おやすみ、 海斗」

腕で包むようにして海斗の背中をトントンしてやると、しばらくして海斗も寝息を立て始めた。

薄暗い部屋には二人の規則的な寝息だけが静かに響く。
紗良の容態に変化はなく、やはり先日の海斗の風邪をもらってしまったことで間違いなさそうだ。

杏介はそうっと部屋を抜け出し、一階に下りた。
勝手知ったる我が家とまではいかないが、何度もお邪魔している石原家。

あれこれ手を出すのはよくないと思いながらも、放置されているタオルやびしょ濡れになった床を軽く片付ける。
キッチンのシンクには夕飯の洗い物がまだ残っており、 風呂場や洗面所の電気も点けっぱなしのことから紗良の体調の悪さがうかがえた。

(もっと早く気付いてやれたら……)

着信履歴が示すように、紗良は杏介に助けを求めたのだ。
それにすぐに応えられなかったことが悔やまれて仕方がない。

せめてもの罪滅ぼしというように、杏介は洗い物など目の届く範囲の家事をこなしていった。
日頃紗良がいかに頑張って海斗を育てているのかが少しだけわかったような気がした。
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