泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
海斗は何かを考える素振りをしてからハッと思い出したようにニヤリと笑った。
「せんせーしってた?オレねぇ、せんせーにおとーさんになってほしかったんだー」
「そう……なのか?」
「まえに“え”あげたでしょ。おぼえてる?」
「もちろん、覚えてるよ」
あれは去年の父の日のできごと。
まだお互いのことを何も知らない知り合ったばかりの紗良からお願いされたのだ。
海斗が先生の絵を描いたからもらってほしいと。
「あれはね、おとーさんになってほしかったからかいたの。しらなかったでしょー?」
そのときの海斗はそんなことを思ってはいなかった。
ただ純粋に“滝本先生が好き”だったから描いただけであって、決して父親になってほしいと思っていたわけではないのだ。
けれど海斗の中でもあの出来事は今に繋がる布石のように思えて、半ばこじつけるように、でも自信満々にドヤる。
杏介にしてみたら、海斗の言葉が嘘か本当か、どちらでもよかった。
ただ笑顔で受け入れてくれたことに胸がいっぱいになる。
「 そっか、……そうだったのか」
頭を撫でれば海斗は嬉しそうに笑う。
紗良の子供ではないけれど、紗良によく似ているなと思った。
「これからよろしくな、海斗」
「うん!」
杏介と海斗はハイタッチして笑い合う。
心底ほっとした杏介は、あやとりの続きをしながらこれからのことを思い描いた。
好きな人と好きな人の子供と家族になる。
きっと幸せでかけがえのない家族。
杏介が為し得なかったあたたかい家庭。
紗良と一緒なら、きっとできるはず――。