泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
病室に入るなり海斗は「おばーちゃーん」と駆けていく。

「あら海ちゃん、今日は一段と元気なこと」

「おばーちゃんきいて!せんせーがおとーさんになる!」

紗良と杏介が追いかけ止める間もなく、海斗は大声で報告した。
もちろん紗良も杏介もきちんと報告するつもりでいたのだが、こうも先を越されると何だかいたたまれない気持ちになる。

杏介は眉間を押さえながらも気を取り直す。

「お母さん、紗良さんと結婚させてください」

これまで家族同然のように接してきた杏介の緊張する顔を見て、紗良の母はクスクスと笑った。
何を今さら、といったところだ。

「あなたたち、ずいぶんと遠回りしたんじゃないの?紗良が頑固だから」

「ちょ、お母さんったら」

紗良は慌てるが、あながち間違いでもないため言い返すことができず、むむむと口をつぐむ。
杏介はそんな紗良を見て優しく微笑む。

「そうかもしれませんが、そのおかげで勢いだけで突っ走ることなく海斗のこともきちんと考えることができたかなと思います」

「杏介くん、そんなかしこまらなくていいのよ。時には勢いも大事なんだから。幸せになりなさいね」

母の言葉に、紗良と杏介は大きく頷いた。

「それでなあに?どこに住むの?」

「まだそういう話は全然決めてないよ。お母さんのことだってあるじゃない」

「あらやだ、私なんて放っておいてくれればいいのよ」

「そういうわけにはいかないでしょ」

「紗良、あなたもう結婚するって決めたんだから杏介くんについていけばいいのよ。いつまでもお母さんお母さんって言ってたらマザコンかって杏介くんに嫌われるわよ」

「なっ……!」

確かに母の言うことも一理あり、紗良は不安げに杏介を見上げる。
その視線はいたく不安そうで杏介は思わず吹き出した。

「いや、嫌わないから安心して」

「う、うん……」
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