泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
「紗良さん、頭を上げてちょうだいね。私たち、結婚を反対しようなんて思ってないのよ。杏介くんから聞いてると思うけど、私は杏介くんの本当の母ではないから、複雑な家庭環境に身を置くことに対してその覚悟はあるのかしら、と気になっただけなのよ。気を悪くさせたらごめんなさいね」
父が言葉足らずな分、それをフォローするかのように母は申し訳なさそうに告げた。
「あ、いえ……」
気を悪くなどと、と恐縮していると、杏介は紗良の手を握る。
突然のことに杏介を見やるが、握った手はそのままに杏介は真剣な顔をして母を見た。その手には力がこもっている。
「……本当の、母だよ」
「え?」
「俺はちゃんと……あなたのことを……お母さんだと……思ってる」
「……杏介くん?」
杏介は一度紗良を見る。
握った手から力をもらうかのように紗良のあたたかさを感じてから、杏介は深く息を吸い込んだ。
「……関係をこじらせたのは俺のせいだ。母さんはいつも俺に優しかった。冷たくしたって無視したって、ご飯は作ってくれたし、学校行事にも来てくれた。俺はずっと素直になれなくて逃げるように家を飛び出してしまったけど、本当は後悔してた。水泳の大会にも毎回来てくれてたのを知ってる」
重かった口は一度言葉を吐き出したらすらすらと出てきた。
準備はしていなかった。
ずっと杏介の頭の中で燻り続けていた想いが溢れてくるようだった。
杏介の母はしばらく黙っていた。
それは怒りでも喜びでもなく、まさか杏介がこんなことをいうなんてという驚きで言葉を失ったのだ。