泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~

「杏介、母さんはずっとお前のことで悩んでて――」

父が厳しく咎めようとしたが、母はそれを遮った。
そして小さく頷く。

「……いいのよ。思春期だったもの。私も上手くできなくて相当悩んで荒れたし、お父さんにも相談してたの。だけどもう、杏介くんが元気ならそれでいいかなって思って。……家を出て、そこで紗良さんと知り合って結婚するんだもの。今までのことは紗良さんに出会うための布石だと思えば安いものよ」

ね、と母は同意を促す。
どう考えても安くはないと思った。
結婚して幸せな家庭を築きたいと願っている杏介にとって、母が結婚してから今まで味合わせてしまった負の感情は取り返しもつかない。
ましてや自分が産んだ子のことでもないのに。

「本当に申し訳なかったと……思う。紗良に出会って海斗と接したり紗良のお母さんと話をして、ようやく気づけたというか、その、なんていうか、今まで……すみませんでした。許してはもらえないかもしれないけど……」

「杏介くん……」

大人になって、その立場になってようやくわかる気持ち。
子どもの頃はなんて浅はかで未熟だったのだろう。
もう戻れやしないけれど、誠意だけはみせたいと思った。

「ううっ……」

突然隣から鼻をぐしゅぐしゅ啜る音が聞こえてそちらを見やる。

「さ、紗良?」

「あらあら、紗良さんったら」

紗良は目を真っ赤にして涙を堪えていた。
慌てて杏介がハンカチを差し出す。

「す、すみません。わたし、杏介さんが悩んでいたのを知ってたし杏介さんが私の母を大切にしてくれてるから、お母様とも仲良くできたらと思ってて……ぐすっ。だからよかったなって思って……ううっ……」

「俺は紗良がいてくれなかったらこうやって会いに来ようとも思わなかった。ずっと謝ることができないでいたと思う」

紗良とその家族に出会って、杏介は過去を振り返り変わることができた。
杏介は紗良の背中をそっとさする。
この杏介よりも小さい体で杏介よりも年下の紗良に、どれだけ助けられてきただろう。
自分の黒歴史でしかない親との確執に付き合ってくれ泣いてくれる。
その事実がなによりも杏介の心を震わせた。
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