泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
「本当に、いい人と巡り会えたのね。ね、お父さん。って、あら?やだ、何でお父さんが泣いてるの?ここで泣くのは私と杏介くんだと思うんだけど?」
「いや、俺も父親として夫としていろいろ申し訳なかったな、と思ったら……つい……ぐすっ」
父は目頭を押さえて上を向く。
寡黙な父で言葉数は少ないが、父には父なりの想いがあった。
それは言葉にならず涙として込み上げる。
「……みんな、なんでないてるの?かなしいことあった?」
大人たちの会話の意味はわかるが背景を知らない海斗は理解できずきょとんとする。
ずっと神妙な面持ちでいるかと思えば急に泣き出したのだから海斗としてはわけがわからない。
「違うよ、海斗。嬉しくても涙は出るのよ」
「海斗くん、これからよろしくね。お昼はピザでも取りましょうか?海斗くんピザ好き?」
「すきー!やったー!」
「海斗、お利口さんにする約束!」
「はっ!し、してるよぅ」
紗良に咎められ慌てて姿勢良くする海斗。
微笑ましさに母は思わず口もとがほころぶ。
「ふふっ、私ちょっとやそっとじゃ驚かないわよ。杏介くんで鍛えられてるから」
と茶目っ気たっぷりに言われてしまい杏介は頭を抱えたくなった。
とはいえすべて自分が元凶なので謝ることしかできないのだが。
「……いや、本当に申し訳な……」
「杏介」
涙のおさまった父が低く落ちついた声で名を呼び、はい、とそちらを向く。
「いろいろ経験したお前だ。これからは紗良さんと海斗くんと幸せになりなさい」
「父さん……」
紗良は改めて杏介の手を握る。
杏介も応えるように握り返す。
今日、ここに来て本当によかった。
心からそう思った。
顔を見合わせればお互い真っ赤な目をしていて、可笑しくなってふふっと微笑む。
杏介と母とのぎこちなさがなくなったわけではない。
それでも暗く閉ざされていた部分に光が差し込み、今まで見えなかった出口が見えてきた気がした。