泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
「き、杏介さんっ。ちょっと……」

杏介の甘い視線に気づき、紗良はこの先のことを想像して焦って左側にいる海斗を確認する。
相変わらず大爆睡の海斗は起きる気配がない。
杏介もそれは気にしたようで視線をチラリと動かすが、すぐに紗良に戻ってくる。

「ちょっとだけ」

「んっ……」

頬に手を添えながら濃密なキスを落とす。
寝ぼけ眼には刺激的なその行為に、一気に目が覚めるような、それでいてまだ眠りの淵にいたいような微睡んだ感覚に溺れそうになった。

もう仕事なんて放棄してこのまま二人で過ごしたい。
一日中布団の中でくっついていたい。

そんな風に思考が持っていかれたときだ。

ピピピッピピピッ

枕元に置いていた目覚まし時計が鳴り出し、ハッと我に返る。
杏介を押しのけて目覚まし時計に手を伸ばせば、不満顔の杏介と目が合った。

「……だって、起きる時間だもん」

紗良は時計の針が見えるように杏介に示す。
杏介と結婚してから紗良の起きる時間は少しだけ遅くなった。
五時半に起きていたのを六時に変えたのだ。
出勤時間の遅い杏介が、海斗の送り出しや洗濯干しを担ってくれたからだ。

「不完全燃焼……」

ポツリと呟く杏介に、紗良は困ったように眉を下げる。
紗良とて、起きなくてもいいならこのまま寝ていたい。
杏介といつまでもくっついていたい。

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