泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
紗良はぐっと体を起こし、先ほどとは反対に杏介を布団に押しつける。
突然のことに驚いた杏介は目を丸くしたが、その後更に驚いた。

杏介を見下ろした紗良は片方の髪を耳にかけ、杏介の上に降ってきたのだ。

柔らかくあたたかい感触の唇が押しつけられ、杏介の心臓が思わずドキンと跳ねた。
ほんの一瞬だったように思う。

「……続きは夜ね」

紗良は恥ずかしくなってバタバタと寝室を出て行く。
小さく呟かれた声はしっかりと杏介の耳に届いて、頭の中で反芻する。
妻のあまりの可愛さに杏介は布団の中で一人身悶えすることになったのだった。

こんな夫婦のイチャイチャなやりとりがされているなか、隣で寝ている海斗はまったく起きない。
まるで空気を読んでいるかのようでありがたいことだ。

「……そろそろ海斗、一人で寝てくれないかな」

もう小学一年生。
海斗もいずれは一人で寝ることになるだろう。
そうしたら存分に紗良を堪能できるのに……などとやましいことを考えつつ、まだまだ可愛くて手のかかる海斗を起こしにかかった。

キッチンからはパンの焼ける良いにおいが漂ってくる。
紗良が朝食の準備を始めたのだ。

「海斗~いいかげん起きろ~」

何度揺すっても起きない海斗の布団をはぐ。
「まだねる~」とむにゃむにゃ呟く海斗を引きずるように起こし、自分も準備に取りかかる。

こんな何気ない日常がなんて幸せなことだろうと、杏介は知らず微笑んだ。



【END】
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