泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
「……保育園で描いた父の日のプレゼントなんですけど。……あの、深く考えずに、体裁だけでいいので受け取ってもらえないでしょうか。それで本人納得すると思うんです。……ダメでしょうか」
強張っている杏介の表情から、やはりお願いすべきではなかったかもと泣きそうな気持ちになる。
なんとなく、最近は杏介と打ち解けていた気がして、だからきっと引き受けてくれるんじゃないかと思っていた紗良だったが、現実はそんなに甘くはなかったのかもしれない。
「……やっぱりご迷惑ですよね。ごめんなさい、今の話は忘れてください」
「あ、いや、いいんです。ちょっと驚いただけで。えっと、僕が受け取るのは全然構わないのですが、その……海斗くんのお父さんに申し訳ないな、と……」
「海斗の父親は亡くなっているので、お気になさらず……」
「あ、そうだったんですか。申し訳ありません、デリカシーがなくて」
「いえ、海斗は先生のことがとても好きなので、だから描いたんだと思います」
「そういうことなら、喜んでいただきますよ。むしろ海斗くんに好きになってもらえて光栄です」
杏介はニコッと微笑む。
紗良と海斗にそんな事情が隠されていたなんて思いもよらなかったが、可愛い教え子と紗良の頼みとあらば、断る理由がない。
杏介が快く承諾してくれたことで、紗良もようやくほうっと胸を撫で下ろしていた。
「えっと、じゃあ、プール教室のときは持っていっても受け取れませんよね?」
「あー、そうですね。レッスンが続けて入っているし濡れてしまうかも……」
海斗が水着を忘れたときに杏介が追いかけて届けてくれたことがあったが、あのときはレッスンの合間をぬって急いで来てくれたことで、髪もシャツも濡れていた。
だから誰かのために時間を作ることはなかなか難しい。
妥協案としてはレッスン外で会うことなのだが……。