泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
「読書好きなんですけど、大人になったらなかなか読む時間がなくて、ああいう隙間時間に読んでるんです」
「わかります。大人になると本当に時間がないですよね」
「海斗くんのお母さんは家事や子育てをされているから、余計に時間がないでしょう?」
「そうですね。……そうかもしれないです。毎日仕事して海斗のことだけで手一杯になっています。本当にわからないことだらけで試行錯誤しています」
「でもそうやって愛情をもって育てていらっしゃるから、海斗くんいつも楽しそうに笑っているんですね」
本当に何気ない言葉だった。
いや、杏介にしてみたら特に意識などしていないただの感想のようなものだったのに、目の前の紗良の瞳からは大粒の涙がぽろっと零れ落ちる。
「えっ、僕なにか変なこと言いましたか?」
焦る杏介に紗良は慌てて涙を拭う。
紗良の方こそ、無意識に零れ落ちた涙に動揺していた。
「違うんです。すみません。えっと……」
この気持ちは何だろうか。
急に目の前が開けたような、救われる気持ち。
報われる気持ち。
意識はしていなくとも、紗良の心の奥底ではずっと不安な気持ちが渦巻いていて、人知れず悩み苦しんできた。
それが、ふっと軽くなるような、そんな杏介の言葉だったのだ。