泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~

紗良は杏介と別れてから、再び目頭を拭った。
まさか涙が出るとは思わなかった。

海斗が保護施設に入れられそうになっているとき、海斗はずっと泣いていた。
どうして泣いていたのかはわからない。
親がいなくて泣いていたのか、はたまたこの先の未来を感じ取って泣いていたのか、二歳の海斗からそれを導き出すことは困難だ。

けれどその姿が、紗良の脳裏に今でも色濃く残っている。

海斗を引き取ると決心してから、ただがむしゃらに必死に子育てをしてきた。
自分が母親になるという実感は全くわかない。
だけどやっていかなくてはならない。

日々の生活をどう接していけばいいのかわからなくなるときもある。
そんなときは、とにかく保育園のまわりのママたちを参考にしながら頑張ってきた。

海斗を引き取ったのは紗良が大学を卒業して間もなくのこと。
決まっていた就職先は残業も出張もあり、その度に母親に頼ることになってしまう。
母も持病を抱えて日々の通院もあるため、あまり負担は強いられない状況だ。

だから自宅から近くて定時で上がれる条件を満たす派遣社員に変わることにした。
ボーナスも手当もなく貯金は見込めない。
これだけでは将来的にやっていけないと考え、土日の夜は海斗のお風呂を入れてからラーメン屋でアルバイトをすることにした。
夕飯と寝かしつけは申し訳なくも母にお願いしている。

そうやって海斗に不自由させないようにがむしゃらに走ってきた二年間。
だから、杏介の言葉が紗良の心を優しく包んでくれるようで胸がきゅんと締めつけられる。

(誰かに認めて貰えることがこんなにも嬉しいだなんて……)

紗良は抱えていた抹茶ラテをひとくち口に含む。

「……美味しい」

上品な甘さと渋みが仕事後の疲れた体を労るように優しく全身に染み渡っていった。

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