泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
入口へ行くとすでに二人は待っていて、大きな浮輪まで準備して楽しそうに談笑している。

「さらねえちゃん、おそいー」

「ごめんね。先生も、お待たせしました」

「あの、ひとつ提案なのですが、今日は先生と呼ぶのはやめて名前で呼びませんか。僕も海斗くんのお母さんと呼びづらいですし」

「あ、そうですよね。なんか変な関係に見えちゃいますよね。えっと……」

「僕のことは杏介と呼んでください」

「杏介さん。あ、私は紗良で……」

「了解です、紗良さん」

ドキリとしたのはなぜだろうか。
男性から名前で呼ばれることがない紗良は、慣れていないからか緊張してしまう。

自然と早くなる鼓動に、落ち着けと何度も頭の中で唱えた。

杏介が持ってきてくれた大きな浮き輪に、紗良と海斗は一緒に入った。
杏介は外側から浮き輪を持つ。

流れるプールでくるくる回りながら流されるままに身を任せていると、海斗は浮き輪で弾みをつけたりバタ足を試みたりと落ち着きがない。

「きーもちいー!」

「海斗暴れないでぇ」

「紗良さん、力抜いて。大丈夫だから。力を抜いた方が浮くから」

「は、はいい」

大暴れの海斗とは対照的に、紗良は必死に浮輪にしがみつく。
まるでプールに来ているとは思えないほど難しい顔をする紗良を見て、杏介は思わず吹き出した。

「ぷっ、紗良さん本当に泳げないんですね」

「笑わないでください。ていうか、絶対手を離さないでくださいね」

「はいはい」

「さらねえちゃんは、こわがりだからさ~」

「海斗、余計なこと言わないで」

「海斗は全然平気なんだな」

「かいとはプールすきだもん!つぎ、あれやりたい」

指差す先は、四人乗りのゴムボートにのって滑り台をラフティングするもの。
たちまち紗良の顔は青ざめる。

「お姉ちゃん絶対無理!」

「えー!じゃあせんせー、やろう?」

「残念、海斗。あれは身長が足りないよ」

「えー!かいとまえよりおっきくなったでしょ」

「そうだな。でも子供用のプールにも滑り台あるから、そこ行こうか」

「いくー!」

上手く海斗を誘導できたと、紗良と杏介は目配せをして微笑んだ。
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