泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
「暗いから足元気をつけて」

おもむろに手が繋がれ紗良の胸はドキリと跳ねる。
言うほど館内は暗くないけれど、杏介に握られた手に素直に従った。

ずっと触れたいと思っていた杏介の手。
こんなにも簡単に触れることができるなんて、まるで夢でも見ているようなそんなふわふわした気持ちに紗良の胸はまたきゅんと痺れる。

指定された座席に座ると、目の前の巨大なスクリーンでは映画が始まる前の注意喚起やCMが次々に流れている。
ぼんやりと眺めながら、紗良はいつか聞こうと思ってずっと聞きそびれていたことを口にした。

「杏介さんって、何歳ですか?」

「俺は二十八。紗良は二十五でしょう?」

「え、なんで知ってるの?」

「前にお母さんがそんなこと言っていたよね?」

「あ、そっか……」

以前ウォーターパークへ行ったとき、紗良の母は娘のことをぺらぺらと明け透けにしゃべっていた。
それを思い出し、思わず苦笑いを浮かべる。

「ちょうどいいね」

「ちょうど、いい?」

杏介の言葉の意味を汲み取る前に館内にブザーが響き渡り照明がぐっと落とされた。

何がちょうどいいのか。
ちょうど映画が始まるから?
それとも歳の差が?

妙にどぎまぎしてしまって、映画が始まってもそのことばかり考えてしまう。
こっそりと横目で杏介を覗き見れば、暗闇の中、スクリーンからの光彩で浮かび上がる杏介の端正な顔。
映画なんかよりずっと見ていたい、と考えてハッと我に返る。

(だ、ダメだ。映画に集中しよう)

紗良は落ち着くためにコーラを一口飲む。
炭酸がしゅわっと弾けて鼻から抜けていき、気持ちを切り替えさせた。
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