泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~
大学を卒業後、企業に就職が決まっていたけれど、そこは残業も転勤も有り得る仕事だった。
入社直後から育児勤務を使えるわけもなく、子供を育てながらバリバリ働くのは無理だと判断して辞退することにした。

残業がなくて時間固定で家から近くて――。

そんな条件を叶えてくれるのは登録型の派遣社員だった。
正社員に比べたら、ボーナスも昇級もなく給料は低め。
それでも無駄遣いさえしなければきっとやっていけるだろうと思って決断した。
だが実際働き始めて、やはりそれだけじゃ心もとない気がして週末はアルバイトも始めた。
それが今の紗良の生活スタイルだ。

すべて海斗のため。
海斗が不自由なく暮らしていくため。

そう思っていたのだけれど。

(海斗が手を離れたら……?)

依美に言われるまで気がつかなかった。
というより、目先のことでいっぱいでそんな先のことまで考える余裕はなかった。

海斗が成長し紗良の手を離れたら、いったい自分には何が残るというのだろう。

十年、いや二十年後、そんなころにはもう紗良だって若くない。
再就職も難しくなってくる。
それに、いつまでもかけもちのバイトはつらいだろう。

(私、ちゃんと考えてなかったのかも……)

それは仕方のないことかもしれない。
なにより海斗を育てるということがイレギュラーな出来事だったのだ。

目先のことばかりで自分の未来をちゃんと考えていなかったのは、当然といえば当然といえよう。

(……杏介さん)

脳裏に一瞬浮かんだ杏介の顔に、紗良は人知れず心を揺らした。
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