泡沫の恋は儚く揺れる~愛した君がすべてだから~

「……杏介さんがいてくれたらいいのにって思っちゃって。……呆れちゃうよね?」

「いや、どうして?」

「だって、そんな都合のいい話はないじゃない」

「都合よく俺のこと好きでいてもらえると嬉しいけど」

「私は杏介さんが好きだけど、でもそれは心の奥底では海斗の父親を求めているのかもしれない。そんな風に考えちゃう自分が嫌なの。……ごめんなさい」

胸がヒリヒリと痛かった。

紗良が誰かを好きになるということは必ず海斗がセットでついてくる。
紗良は誰かに海斗の父親を求めてはいないけれど、海斗を切り捨てることは絶対にない。
この先一緒に生きていくには結局のところ海斗の父親になってもらうということ。
たとえ表面上でも、だ。

けれど杏介は「いい」という。

杏介の優しさが紗良の鼻の奥をツンとさせた。

「そんな風に謝るなよ。俺はそうやって利用してもらっても構わないよ。その話を聞いてますます紗良が好きになった」

「……好きになる要素がどこにあるの?」

「いいんだ。俺が好きだから。紗良がなんと言おうと口説いてみせるよ。だからまたこうしてデートしよう」

「……うん、ありがとう」

今度こそ紗良は鼻をすする。
こんなにも理解があって優しい人が、自分のことを好きだと言ってくれる。
待っていてくれる。
その事実がありがたいし申し訳ない。

「くそ、今が運転中じゃなければ抱きしめられたのに」

「物好きだよね、杏介さんって」

「そうかな?」

「そうだよ。普通こんな女面倒くさいでしょ」

「うーん」

杏介は首を傾げる。
ちょうど信号で止まり、ずっと前を向いていた杏介が紗良を見た。
視線が絡まると杏介の目元はくっと緩み、紗良の胸はドキンと悲鳴を上げる。

杏介はすっと腕を伸ばし、紗良の髪を優しく撫でた。
ぐいっと引き寄せたいのを我慢し、代わりに心からの想いを告げる。

「好きだよ、紗良」

「っ!」

そんなストレートな言葉は紗良の心を優しく包み込む。
とんでもなく胸がしめつけられて体の奥底から熱いものが込み上げてくるような、そんな気持ちになった。

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