俺様御曹司の契約妻になったら溺愛過剰で身ごもりました
プロローグ
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「はぁ。どうして貴重な休日に……振り袖は重くて、動きづらいし」

 十月。秋らしい柿色の着物に身を包んだ、二十五歳の氷堂日菜子(ひょうどうひなこ)はブツブツと文句を言いながらも、目的のホテルへと足を進めていた。艶やかな栗色の髪は上品なアップスタイルにまとめ、メイクも振り袖の大人っぽい雰囲気に合わせて仕上げた。

「まぁ、綺麗な子ね~。芸能人かしら?」
「も~! キョロキョロしないでよ、お母さん。田舎者丸出しで恥ずかしいから」

 東京駅の構内は平日も休日も関係なく混雑している。自分が周囲の視線を集めていることに気がついてはいるけれど、素知らぬふりでやり過ごす。

(注目されるのは慣れてる。子どもの頃からそうだったから)

 日菜子は国内有数の不動産ディベロッパー『氷堂地所』のひとり娘だ。社長令嬢、おまけにわりと目立つ容姿をしているせいで、人からあれこれ言われるのは常のことだ。なにを言われても顔色を変えることはない。
『高飛車』とか『冷たそう』なんて陰口を叩かれることにもすっかり慣れた。

「えっと、待ち合わせ場所はホテルのラウンジね」

 リニューアルオープンしたばかりだというホテルは、駅の出口からほぼ直結で行くことができる。フロントのあるロビーはクラシカルなヨーロピアンスタイルで、明るく開放感があった。

(レストランでなくラウンジなのはラッキーね。コース料理なんて頼まれちゃったら、途中で帰れなくなるもの)

 今から始まる見合いの席からどうやって逃げ出そうか、日菜子の頭にあるのはそれだけだ。相手の写真も見ていないし、名前も肩書も知らない。両親の顔を立てるために、とりあえず指定された場所に来ただけなのだ。

(だって、お見合いなんて……)

 日菜子の表情が曇る。

(私には恋愛も結婚も向いてない。人を愛する才能も、愛される才能もさっぱりみたいだから)

「紅茶を一杯だけ飲んで、体調不良ってことにして帰ろう」

 そう心に決めて、約束のラウンジに足を踏み入れる。
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