俺様御曹司の契約妻になったら溺愛過剰で身ごもりました
 やっとそれらしい人物を見つけた。上質そうなブラックスーツの広い背中に近づいていく。

「あの、すみません」

 不躾な視線を送るくらいなら、本人に聞いてしまおうと声をかけた。
 ゆっくりと彼が振り返る。少し癖のある長めの前髪、意志の強そうな凛々しい眉、野性的で色気のある目元……文句なしのイケメンだ。が、問題はそこではない。日菜子は目を丸くして言葉を失う。

「あぁ。来たか、氷堂」
「え……」
「なに立ち尽くしてるんだよ。とりあえず座れ」

(ど、どういうこと? なんでここに大狼(おおがみ)社長が?)

 目の前でソファにゆったりと腰かけている人物は大狼(ぜん)――三十歳の若さにして日菜子の勤務先『ルーブデザイン』の社長を務めている男だ。

 一流ホテルなだけあっていい茶葉を使っている。ガラスポットからカップに注いだアールグレイは香り高く、おいしそうだ。日菜子はカップに口をつける。

「ここの紅茶、うまいよな」

 善がにこやかに笑む。けれど、日菜子の混乱は深まるばかりだ。

(とりあえずおいしい紅茶で気持ちを落ち着けようと思ったけど、どう考えても無理だわ。どうして社長がここにいて、私とお茶をしてるのよ?)

 日菜子は深呼吸をひとつして、彼を見据える。

「社長。これはいったい、どういう事態なのでしょうか」

 善はパチパチと目を瞬き、あきれたように肩をすくめる。
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